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2015年NHK大河ドラマ 特別展 花燃ゆ@江戸東京博物館

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江戸東京博物館で開催中の「2015NHK大河ドラマ 特別展 花燃ゆ」に出かけた.

同時開催中の「発掘された日本列島2015」目当てに出かけたわけだが,同時開催中ならば見てみようという訳である.

「発掘された日本列島2015」については次回,アップ予定である.


大河ドラマはとりあえず,どの年も最初は見ることにしている.

面白い年は当然,最後までみることになるが,どうにも合わない年は予定等が入って見れなかった時点で脱落する.

大河ドラマは日曜日2回,土曜日1回と放送するので,録画の必要性を感じない.

今のところ,花燃ゆは全ての回を視聴することに成功している.


実は私の歴史好きは幕末から始まったのだ.

平安時代以前に対する興味は日本がどのように形作られたかとか,解明されていないことを知りたいとかいう点に重点があるのだが,幕末に関しては人物の偉業などに重点があるように思う.

幕府側,政府側のどちらが好きというより,どちら側にも好きな志士がいるので,なかなかお得な楽しみ方ができているように思う.

ちなみに政府側でいうと長州藩の人々はまとまりとして見た時に非常に興味をそそられる.

それから個人的に政府側で一番面白いのは高杉晋作である.

そのようなわけでもう10年以上前から,大河ドラマで幕末ものをやるならば長州目線がよいと各所で言っていた.

その長州目線の大河ドラマ「花燃ゆ」に関する感想はまだまだ中盤であることだし,この段階では書くべきではなかろうと思うのでここには記さない.

今後,明治維新に関する様々な出来事がどのように描かれるか興味はあるので見続けたいと思う.

以下,興味深かった展示の感想である.


プロローグ「文の育った萩」

御両国測量絵図

伊能忠敬の地図を長州藩が頼んで,自分の領地分を写させてもらったものだそうである.

かなり巨大な地図である.

針の穴があいていることなどからも正確に書き写そうという意識が伝わってくる.


第1章「兄・松陰と家族たち」

海防憶測 上・下

大河ドラマ「花燃ゆ」でも,キーポイントとして出てきていた.

山口県立山口図書館の所蔵品ということで,幕末の長州で誰かがこの本を読んでいたのだろう.


佐久間象山送別詩

ロシア艦隊(だったと思う)に乗り込んで海外に渡ろうとした松陰に佐久間象山が送ったという詩である.

松陰が黒船密航(未遂)の罪に問われた際,佐久間象山もこの詩を理由として罪に問われたという.

松陰関連の小説なんかでは必ず出てくるエピソードである.

本物を見れるとは感激である.


野山獄中俳諧

松陰が野山獄につながれていた際,俳諧の会を開いたというのも有名なお話である.

「野山獄中俳諧」には当時野山獄にいた人々の俳諧が松陰によって記されている.

松陰の俳諧はないところなどみると,松陰とその周囲の人々が当時どういったやり取りをしていたのか微笑ましい気持ちになる.


第2章「兄の教えと松下村塾の仲間たち」

松下村塾机

よく残っていたなあと思う.

罪人の塾ということでものを書きにくそうな仕様は当時からだろうか.

それとも使い古されてガタついたのであろうか.

想像を膨らませられる.


松下村塾原稿用版木

現代で言う原稿用紙のマス目のための版木である.

これも塾生たちが一枚一枚刷っていたと思うと微笑ましい.

しかし,筆で文字を書くためのマス目にしては随分小さいように思うのだが,昔の人は器用だったのであろう.


吉田松陰自賛肖像(吉田家本)(杉家本)(品川本)(久坂本)(岡部本)(中谷本)(福川本)

吉田松陰自賛肖像はこんなにもたくさんあるのかと驚いた.

教科書でよく見る松陰はどの松陰だろう.

どの松陰も松浦松洞が描いたものだが,少しずつ手の位置だったり,着物だったりが違う.

そのあたり,研究されているのだろうか.


高杉晋作等血判状 吉田松陰宛

高杉晋作関連の小説なんかを読んでいるとこの血判状に関するエピソードはだいたい出てくるように思う.

二度目の野山獄中で危険な書状などなど書く松陰に対していさめるために,高杉晋作や久坂玄瑞らが血判状を江戸から送るというものだ.

これに対して松陰は絶縁状を送り付けるわけだが….

高杉晋作は長州の金で軍艦を勝手に購入してみたりと自由な人間のようにも思えるが結構苦労もしているのだなと思う.


第3章「夫・玄瑞との別れ」

荻野流壱貫目青銅砲

下関戦争の際に使用されたが,結局,戦利品として持ち去られてしまったという.

驚いたのはこの銅砲の側面に装飾が鋳られていることである.

鋳造品だろうし,この程度ならば強度に問題ないだろうが,それでも大砲に装飾とはおしゃれである.


第4章「幕府との対決へ」

高杉晋作道中三味線

都々逸「三千世界の鴉を殺し、主と添寝がしてみたい」は高杉晋作の作とも言われる(桂小五郎の作とも言われる).

このように高杉晋作といえば三味線のイメージが強い.

以前,本でこの三味線のことを知ってから,絶対に見てみたいと思っていた.

萩に行かなければみることはできないと思っていたので東京で見ることができるとはとても,とても感激であった.

本によれば棹が分割できるようになっているとのことだったので,どのようになっているか観察してみたが,分割部分はよく分かったが細かい仕組みはよく分からなかった.

棹が分割する仕組みで音が悪くなったりしないのだろうか.

疑問はつきないが,とにかく一目見ることができてよかった.


高杉晋作瓢

この瓢も有名なものである.

一度,山形有朋に贈ったのだが,やっぱり返してほしいと頼み,返してもらったというエピソードがあるのだ.

さすがに瓢には詳しくないのでどう素晴らしいのか分からないのだが,高杉晋作の人間らしさのよく分かる微笑ましい瓢である.


木戸孝允書簡 坂本龍馬宛(坂本龍馬裏書)

薩長同盟における合意事項について木戸孝允(当時は桂小五郎ではないかと思うが)が坂本龍馬に確認してもらったという書状である.

裏面には坂本龍馬が内容に間違いがないことを朱で書いている.

現代風に言うならば会議の議事録の確認をしてもらったというところであろう.

会議の合意事項をきちんと残しておくのが大事だというのは仕事上でも感じるところである.

幕末好きにはたまらない一品であろう.


第5章「楫取とともに」

楫取美和子筆写 吉田松陰和歌「親思ふ」

今回の大河ドラマの主人公である吉田文は晩年に吉田松陰の和歌を筆写したようである.

どのような思いで筆写をしたのか,単純な思いではないだろうし理解はできないだろうが,考えさせられる展示であった.


涙袖帖 久坂玄瑞書簡 文宛

久坂玄瑞が妻である文に送った書簡を一冊にまとめたものである.

また,まとめたのが文の二番目の夫である楫取素彦であるというところが泣かせる.

残念ながパネルのみの展示であったが,全部分の展示であったので手紙の内容がよく分かった.

毎回,なかなか手紙を出せないことを詫びているところに久坂玄瑞の状況が垣間見える.


ところで,大河ドラマ 特別展は毎年開催されているようであるが,私が見に行くのは初めてである.

撮影で使用された衣装などが展示のメインであるかと思っていたのだが,そんなことは全くなかった.

大河ドラマと切り離しても,長州好きとしては満足の展示であった.

おそらく2時間以上は楽しんだのではなかろうか.

この日は昼食後に出発したので「発掘された日本列島2015」を優先すると特別展まで見る時間はないのではないかと思った.

しかし,特別展・常設展共通点ならば,特別展を会期中の別日に見ることも可能(ただし,入場してしまうと再入場は不可)とのことだったので,思い切ってこちらを購入した.

幸い,土曜日だったので開館時間が午後7時半までであり,余裕をもって見て回ることができた.


さて次回は「発掘された日本列島2015」についてである.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-28 23:53 | 博物館

國學院大學博物館

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4月末に國學院大學博物館を訪れた.

非常に興味深い博物館だと思うが,ブログにまとめるには…と思うと難しいものがある.

これをまとめられないでグズグズしていたために,2か月もの間更新がないという結果を招くこととなった.

簡単にはなるが,印象深かったところだけ(覚えているところだけともいう)まとめておく.


考古エリア

山ノ神遺跡復元模型

奈良県大神神社の神体山である三輪山内にある山ノ神遺跡を復元している.

三輪山には入山したことはないが,通常の入山者はこの遺跡を見ることはできないのではなかろうか.

この巨石祭祀遺跡は礫敷と巨石が組み合わさっている.

原始信仰である磐座信仰の跡はこのようなものであったかと少し感動してしまった.

子持ち勾玉もここから出土したことで有名である.

ちなみに原始信仰の山版が三輪山ならば,海版は福岡県の沖ノ島である.

沖ノ島も通常は人の出入りが許可されておらず,祭祀遺跡を見ることは叶わないが,千葉県国立歴史民俗学博物館で模型をみることはできる.


その他

考古資料(旧石器時代~中世)が多数展示されていた.

土器や石器などその時代,その時代のスタンダードな遺物が展示されているのではないかと思う,たぶん.

時間をかけて入り浸って勉強したくなるエリアである.


神道エリア

伊勢の神宮皇大神宮御正殿模型

数年前の伊勢の神宮遷宮のあとに旧殿拝観させて頂いたが,このときは外宮のみであったので,内宮正殿の様子を知ることができるのは素直にうれしい.


伊勢の神宮 幣帛

伊勢の神宮 神御衣

伊勢の神宮・神嘗祭神饌

賀茂御祖神社 神饌

宮中新嘗祭祭具

大嘗祭神饌

このあたりはこんな風に執り行っているんだと感心するばかりで,おもしろいが何とも記事にまとめられない.

勉強不足で見るべきところを見られていないのかもしれない.

これらの祭祀などに疑問がでてきたところで再び見に行きたいと思う.


その他

吉田神道関連やそのほかの祭祀についてもいろいろ展示があった.

特に気になったのは伊勢の神宮の据玉が埼玉県の伊勢殿神社と縁が深いということである.

よく分からないので,いつか伊勢殿神社に行ってみたい.

その他にも祭祀にかかわる興味深い展示がたくさんあったが,先にも書いたが,勉強が足らずどこを見ていいのか分からない.

もっと勉強してから再び訪れたいものである.


校史エリア

折口信夫の書斎

折口信夫の出身大学を深く考えたことがなかったし,調べたこともなかったので全く知らなかったわけだが,ここで初めて國學院大學出身だと知った.

このような書斎で民俗学の研究や数々の原稿を生み出していたのかと感心するところしきりである.


その他

國學院大學校史や関係者の紹介のパネル等が展示されており,付属博物館らしい内容であった.


収蔵品展

校史資料,神道資料,考古資料が出品されていた.

新収蔵品や修理物件などということである.



全体を通しての感想としては,実際に見ることのできない遺跡,神宮,神饌などを模造とはいえ見ることができる機会は非常に貴重だと思う.

ただ,今回は私の方の準備ができていないと感じた.

展示物に関して確認したいことや考えをまとめてから見に行かなければ,身につかないことをひしひしと感じた.

とりあえず,今回は下見ということでよしとしておこう.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-21 22:20 | 博物館

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」―光琳デザインの秘密―@根津美術館

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今回は約1月前に訪れた特別展についてまとめておく.

一番好きな絵は何かと問いかけられたならば,迷わず尾形光琳筆「燕子花図屏風」と答える.

「燕子花図屏風」を初めて見た時の,あの表現できない感情を超える作品にはいまだ出会ったことない.

とは言え,しばらく御無沙汰ではあった.

「燕子花図屏風」は現在,根津美術館は所蔵しており,毎年,燕子花の季節には公開してくれる.

だいたい,GW前後の公開期間である.

今年は数年ぶりに見に行こうと思っていたが,5月いっぱいまで公開してくれていると勘違いしていた.

GW翌週にそうではないことに気づき,慌てて休みをとって見に行ったのである.

今年は5月が忙しい時期でなくて本当によかった.


毎年,根津美術館は「燕子花図屏風」を公開してくれるけれども今年は特別である.

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」―光琳デザインの秘密―と題してこちらも尾形光琳筆「紅白梅図屏風」を「燕子花図屏風」と並べて展示するというのだ.

琳派最大の巨人,尾形光琳の作品は海外でも人気が高く,かなりの作品が国外に流出してしまっている.

日本国内にあれば国宝指定されたであろう作品もごろごろあるという.

そのような事情もあって,光琳作品の中で国宝指定されているものといえば,「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」の2つだけだ.

ちなみにこの二作品が同時に展示された最後の記録は56年前だという.

これを逃したら,へたすると生きているうちに2つ同時に見ることは叶わないかもしれないという危機感から出かけることにしたのだ.

ちなみに「紅白梅図屏風」はMOA美術館所蔵品であり,毎年2月ごろ同美術館で公開されているようだ.

今年は根津美術館と同様,尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」として,2作品を同時公開したようだ.

さて,以下,各作品の感想である.


第一章 燕子花図と紅白倍図―「模様」の屏風の系譜

蔦の細道図屏風 伝俵屋宗達筆,烏丸光広賛

この屏風,右隻と左隻を入れ替えても絵がつながるようになっているということで,構図が循環するようにデザインされているそうだ.

現代アートに通じるものがありそうである.

実際には賛があるから,入れ替えはできないだろう.

その賛によれば,伊勢物語「東下り」の一場面ということである.


燕子花図屏風 尾形光琳筆

「燕子花図屏風」を見るのは何回目だろうか.

さすがに初見の感動を再び味わうことはできないが,それでも飽きることはない.

ところで,この「燕子花図屏風」には同じパターンが繰り返されているということは,これまでの展示解説などで知っていたが,具体的にどの部分かというのがいまいちよく分からなかった.

しかし,今回は具体的に解説があったので,初めてなるほどと思うことができた.

新しい発見は何度見てもあるものである.

この作品も「蔦の細道図屏風」と同じく伊勢物語の「東下り」に登場する「ら衣つつ慣れにしましあれば るばる来ぬるびをしぞ思ふ」からと言われている.


紅白梅図屏風 尾形光琳筆

今回の特別展のウリは「紅白梅図屏風」を「燕子花図屏風」と並べて見ることができるというものであったけれども,あの混雑ではとても無理であった.

「紅白梅図屏風」がどのようなものか,初めて知ったのはテレビだったと思うが,この構図には度肝を抜かされたのをよく覚えている.

屏風などは狩野派絵師のもの程度しかよく知らなかったのである.

中央の流水を黒で描き,S字の波が金色というのは衝撃としか言いようがない.

両サイドの梅は光琳梅と呼ばれるデザインの花が咲いており,その幹や枝は琳派特有のたらしこみで描かれている.

まさに,光琳にしか描けない屏風と思える.


孔雀立葵図屏風 尾形光琳筆

孔雀の背後の梅は「紅白梅図屏風」の白梅を思わせる光琳らしい梅である.

ところで去年の多分,7月ぐらいに花をつけたある植物をみかけたのだが,名前を知らないので気になっていた.

今回この屏風を見て,それが立葵であったことが分かった.

言い訳させてもらえば本などで名前は知っていたのだが,実物はそのとき初めて見たのだ.

屏風の立葵の花はかなりデフォルメされているのだが,それでもあの時の花だとはっきり分かるのは単純にすごいと思う.


夏草図屏風 尾形光琳筆

この屏風はやはり画面の対角線上に流れるように夏草を配置しているところである.

この屏風には先の展示にも出てきた立葵や燕子花も配置されている.

立葵も燕子花もこちらの屏風のほうが写実的に描かれている.

特に燕子花は意識して「燕子花図屏風」の花弁を大きく,花のつく位置を低く描いていたのだなと思わせてくれる.


第二章 衣装模様と光悦謡本―光琳をはぐくんだ装飾芸術

燕子花図(小西家文書) 尾形光琳筆

小西家文書とは光琳の息子が養子に行った小西家に伝わった尾形光琳関係の資料ということである.

この燕子花図は「燕子花図屏風」とよく似た大ぶりの花の形をしている.

しかし,葉はたらしこみで彩色されており,花弁も「燕子花図屏風」の群青とは違い,赤みがかった紫色をしている.

どのような目的で描かれたのか気になる作品である.


雁金屋衣装図案帳(小西家文書)

尾形光琳の生家である雁金屋は後水尾天皇の中宮・東福門院の御用を勤めるほどの呉服屋であったという.

その雁金屋の図案ということで,光琳のデザイン性が育まれた源の一つであると思うと非常に興味深い.


扇面数貼付屏風 俵屋宗達筆

この作品は本当に宗達らしいと思う.

もしかしたら,以前に見たことがあるかもしれない.

今回の扇の絵は草花ばかりだが,扇に源氏物語の一場面等々が描かれたもの(宗達の作品ではなく工房の作品かもしれない)も見た記憶があるので,得意としていたのかもしれない.

雅な作品である.


第三章 団扇・香包・蒔絵・陶器―ジャンルを超える意匠

白梅図香包 尾形光琳筆

蔦図香包 尾形光琳筆

仙翁図香包 尾形光琳筆

これらの香包は広げた時はもちろん,香を包んでいるときや包を開いていくときに見える構図まで意識して描かれているらしい.

光琳の器物関連の作品には残念ながら国宝指定はないが,本人は得意としており,また当時の人々も評価していたということがよく分かる.


銹絵梅図角皿 尾形乾山作・尾形光琳筆

銹絵菊図角皿 尾形乾山作・尾形光琳筆

琳派に関する展覧会で行く前から楽しみしてしまうのは尾形兄弟の合作である.

尾形乾山は光琳の弟であるが,ついつい兄関係で苦労したのではないかと思ってしまう.

しかし,光琳は乾山に絵の手ほどきをしたのではと思わせる帳面(見た記憶はあるのだがはっきり思い出せない.もういちど見たいものだ.)も残っているし,合作も相当数存在しているので,仲のいい兄弟であったのだろう.

そういうことを想像しながら鑑賞できるのが合作のいいところだなと思う.


その他,燕子花の季節に根津嘉一郎が催した茶会で使用した茶器や殷時代の青銅器などの展示もあったが,多少展示は入れ替わっているにしても毎年のことなのでざっくりと見て回った.

当日の混雑具合は入場時に並びはしなかったが,美術館は大混雑であった.

先日の鳥獣戯画(記事はこちら→)と比べると,鳥獣戯画の方が館内は整然としていたと思う.

もちろん,こちらはメインが屏風ということもあって近くでみるより,少し離れたほうが構図を見ることができるということもあったであろう.

絵巻は最前列で見ないと見えないので仕方ない.

根津美術館はガラスケースを定期的に磨いてくださっているようで,気持ちよく作品を眺めることができるのが素晴らしい.

こういった努力をどこの博物館・美術館でもやってくれたらと思わずにはいられない.

作品群を見終わったあとは庭園に出て,本物の燕子花を眺めた.

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もう,花も終わりかけである.

最後に記事の最初に挙げたレプリカの写真を撮らせて頂き,図録を購入後,帰宅した.
入場時には待ち列はなかったものの帰り間際にはチケット購入列ができていた.
待ち時間は10分程だろうか.
鳥獣戯画展を経験するとたいしたことないようにも思えるのだが,平日のことなので大盛況といえるだろう.
例年より人出が多いかもしれない.

しかし,今年は尾形光琳300年忌の年であり,琳派発祥400年にあたるとはすごい年だなと思う.

前回,「燕子花図屏風」を見に行ったのは,メトロポリタン美術館から「八橋図屏風」がやってきた「KORIN展」だったけれども,そのとき,図録を購入していなかったので同時購入させて頂いた.

「八橋図屏風」は本当は2011年に根津美術館で公開されるはずであったけれど,震災の影響で,翌年に延期されたのをよく覚えている.

あれから,3年,長いのか,短いのか.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-15 19:23 | 博物館

特別展「鳥獣戯画ー京都 高山寺の至宝ー」@東京国立博物館

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随分,更新間隔があいてしまった.

特に更新するような出来事がなかったのなら,それでもよいかとは思うが,いくつかの博物館・美術館を訪れたので記録しておかなければ忘れてしまう.

訪れた順番に記事にすべきとは思うが,ここは5月29日に訪れた,特別展「鳥獣戯画─京都高山寺の至宝─」から記録することにする.


鳥獣戯画は数年にわたる本格的な修復を終了後,初めて京都で公開されたのが昨年のことだ.

この公開中に奈良に行く機会があったので,寄るべきかとも思ったのだが,東京でも近々公開されるに違いないと信じて見送った。

読み通り,今年,東京国立博物館にて公開されることとなったので,前売り券を購入することにした。

京都ではとんでもない行列ができたという話は耳に入ってきていたので,東京でも同じようになるだろうとは覚悟していた.

東京での公開時期は京都での公開時期より気候がずっとよいから待ち時間はともかく,大丈夫だろうと思っていたが,今年の5月はいつにもまして暑かった.

京都は寒さとの戦いで東京は暑さとの戦いとはよく言ったものだ.

今回の特別展は全場面を見ることができるというのが売り文句だが,実際には前半部分と後半部分を前期後期に分けて公開するので,1回で全ての場面を見れるというものではない.

行列ができるほどでなければ2回行くことも考えたが,3時間以上待つこともあると聞いたので,早々に諦めて,有名な部分のある後期に訪れることにした.

GWと合わせて有給休暇を消化する同僚が多かったのだが,そこはカレンダー通りの休暇で我慢し,5月29日の平日に休みをとって出かけることにした。


当日は雨で,気温もここ数日の中で圧倒的に低かった.

13時過ぎに到着し,外での待機時間は40分ほどであった.

雨とはいえ,風もなく,下手に晴れているより過ごしやすかったと思う.

まず,高山寺伝来の至宝や高山寺中興の祖明恵上人関連の展示を見学した.

こちらは,待ち時間もなく,余裕をもって展示を見ることができる.

その後,ついに鳥獣戯画関連の展示へ.

このあたりから,前列で見学したければゆっくりとしか前に進めなくなる.

まず,鳥獣戯画が生まれた背景に関する展示があったあと,鳥獣戯画の断簡,そして丁巻,丙巻,乙巻,そして甲巻の順で展示されている.

ちなみに甲巻のためだけの待列も形成されており,16時ごろ並んで18時半にしか見れないというとんでもない行列であった.

以下,印象に残った作品の感想である.


第1章 高山寺伝来の至宝

春日大明神像・住吉大明神像

高山寺では「栂尾開帳」という春日・住吉両明神の神影を拝する儀式が継承されてきたそうで,その神影が出品されていた.

実際の儀式がどのように行われているか興味がある.

また,この神像の写しも二品出品されており,このうち一品は仁和寺に伝わったものというから,さらに面白い.

神仏習合と簡単に言ってよいかは分からないけれども,その名残とも言えるのであろうか.


第2章 高山寺中興の祖 明恵上人

子犬

日本における近代以前の彫刻は宗教的な意味合いを持ったものがほとんどだそうだが,この子犬からはそのようなものは感じられない.

現代の日本人も大多数が好ましいと感じるようなかわいらしい子犬で,これを明恵上人も愛でていたと思うと親近感が湧いてくる.


十六羅漢像

この展示の手前にある十六羅漢像のグループには,当時の日本ではあまり描かれなかった栗鼠がよく描かれており,この作品もその一例だというコラムのようなパネルがあったので,よくよく探してみた.

栗鼠というとシマリスを想像してしまうけれども,こちらは森林などにいる野生の栗鼠っぽい.

随分間抜けな感想になってしまった.


白光神立像

白光神はヒマラヤを神格化した神で,体も衣も白一色なのは永遠の雪をたたえたヒマラヤの雪を表しているのだそうだ.

姿かたちはまるで仏様のように見えたので,てっきり仏像と思ったのだが目録を読み返すと神像である.

こちらも高山寺蔵であるが,高山寺には神像がなんて多いのだろうと思わずにいられない.

肝心の白光神立像であるが,白一色というのは見慣れないせいもあるのか,非常に神々しく感じた.

色もよく残っているので尚更である.


善財童子絵

昨年の国宝展で善財童子像を見てから,善財童子と聞くとついつい目がいってしまう.

善財童子関連の絵や絵巻は今回もいくつか出品されていたが,どれも善財童子の一生懸命さが伝わってくるようであった.

そういうものが後世まで伝わるのだろう.

この善財童子絵はかわいらしいタッチで善財童子のみならず,画面にいるすべての神仏たちの表情がどこかやさしいように感じられる作品であった。


華厳宗祖師絵伝 元曉絵

先に記した善財童子絵もそうだが,明恵上人は華厳宗とも何かしら関連があるらしく,それに関する作品もいくつか出品されていた.

後期展示では華厳宗祖師絵伝のうち,元曉絵(義湘伝は前期のみ)を見ることができた.

元曉の事績について,何も知らない私にはうってつけの絵巻であった.

ただ,元曉より勅使のほうがすごいななどとしょうもない感想を抱くようではどうしようもないだろう.


第3章 鳥獣戯画

年中行事絵

展示されていた場面は賀茂祭の行列の様子ということである.

風流傘の飾りものは鳥獣戯画のモチーフとなったかもしれないとのことである.

本当に小さいものではあるがとても可愛らしい.


鳥獣戯画 丁巻

鳥獣戯画の各巻物は順路通りに廻ると丁丙乙甲と逆から見ていくことになる.

丁巻はすべて見終わってから考えると明らかに他の巻とはタッチが違い,別の人物が書いたのであろうと推察できる.

そのタッチは他の巻より暖かみがある.

また,この巻の特徴と言えば人物が主体となって描かれていることだろう.

さらさらと簡単に描かれているようにも見えるのだが,それでいて完成度が非常に高いとは素晴らしい.


鳥獣戯画 丙巻

前半に人物戯画で後半に動物戯画が描かれているこの丙巻は,今回の修理により,料紙の表裏に描かれていた人物戯画と動物戯画を二枚に分けてつなぎ合わせたという発見があったとのことだ.

そのような技術が昔の日本にあったのかと驚くばかりである.

今回,本物が展示されていたのは動物戯画の部分であったが,甲巻と似ていて,擬人化された動物による競馬や祭礼などが描かれており,とても楽しい.

蛙などは甲巻とも似ているように思えるが,作成年代からすると甲巻と同一人物が書いたものではないようだ.

モチーフはよく似ているようにも思うが,そのあたりは今後の研究が待たれるところであろう.


鳥獣戯画 乙巻

他の巻と比べて物語性がなく,動物図鑑のような乙巻である.

龍や獅子など空想上の動物も描かれている.

虎も描かれているのだがキトラ古墳や高松塚古墳の白虎を思い出させるようなスリムな姿である.

親子の動物たちも描かれており,ほのぼのとしている.


鳥獣戯画 甲巻

鳥獣戯画と言えばやはり甲巻であろう.

擬人化された動物たちによる遊戯や儀礼を描いた巻である.

ところで何故,後期の展示にこだわったかというと,もっとも鳥獣戯画で有名な場面である,「猿を追いかける兎」や「兎と蛙の相撲」が後期展示で見られるからだ.

とにかく初めて見た印象は紙幅が想像より大きいなということである.

従って,それぞれの絵自体も想像より大きいわけである.

動物たちはいきいきしていて,いまにも紙から飛び出してきそうだ.

実際に鳥獣戯画を見てから数日経ったが,いまだにぼんやりしていると,これを見た時のことが思い出されてしまう.

他の巻と比べて,圧倒的にこの甲巻には力があるなと感じられた.


以上が今回の特別展 鳥獣戯画の感想である.

並ぶ時間は長かったし,人も多かったが結果的に行ってよかったと思う.

それはそれとして,毎度東京国立博物館の特別展で思うことだが,展示ケースのガラスが汚すぎる.

せっかくの展示が台無しだ.

平成館入場口や甲巻の待機列に人員を割きすぎている感があって,鳥獣戯画以外の展示周りは放置されているようにも思えた.

人員が割けないのならそれはそれなりに,ガラスケースを触らないように注意のパネルを準備するなり何かしら対策をとってほしいものである.

下記は帰り際に撮った写真である.
今回はこのような遊び心のあるパネル等々を博物館内でも見かけた.

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by Allegro-nontroppo | 2015-06-04 01:17 | 博物館