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特別展 琳派400年記念 琳派と秋の彩り@山種美術館

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「特別展 琳派400年記念 琳派と秋の彩り」を鑑賞しに山種美術館に出かけた.

山種美術館を訪れるのは初めてである.

山種美術館は近代以降の日本画中心の展示が多いので,機会がなかったがやっと訪れる機会がやってきたのである.

以下,印象に残った作品の概要である.

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第1章 琳派の四季

鹿下絵新古今和歌巻断簡 俵屋宗達()・本阿弥光悦()

元々は巻物だったものを断簡としたもので,展示部分は巻頭にあたるとのことである.

下絵の鹿が金銀泥で描かれており,可愛らしいしぐさながらも神性を感じさせられる.

全ての部分を見てみたいものである.


槙楓図 伝 俵屋宗達

曲がりくねった幹をもつ槙と楓が描かれている金屏風である.

向かって左側六分の一にはほとんどなにも描かれない空白がある.

この構図はのちの燕子花図や紅白梅図屏風等を連想させる思い切ったデザインのように感じられる.


芦鷺図 伝 俵屋宗達

伊年印があるので,俵屋宗達の工房で作成されたことには間違いないのだろう.

芦の茂みに立つ鷺はユーモラスな表情をしている.

芦や鷺の立つ水辺はたらしこみで表現されており,琳派らしい作品であった.


松梅図 尾形乾山

尾形乾山の作品を見ているとどうしても尾形光琳のことを考えずにはいられない.

今回は光琳の作品の展示はなかったので,兄弟ならんでの展示もなかった.

乾山の描く梅は光琳が指導しただけあって,光琳梅である.

たらしこみも使われており,やはり光琳の影響を感じてしまう.


老松立鶴図 中村芳中

ユーモラスな表情の鶴とたらしこみの多用された松でほのぼのとした風景が描かれており,見るものをほっこりさせてくれる.

このような感情を抱かせてくれる鶴や松の絵はめずらしいのではないだろうか.


菊小禽図 酒井抱一

琳派の核となる三人のうちの一人,酒井抱一の作品である.

菊や小鳥の構図がおもしろい.

酒井抱一の作品は屏風のように大きなものより,掛け軸サイズくらいまでの作品のほうが良さが出ているように思う.


秋草図 酒井抱一

酒井抱一の作品を思いだすとき,そこには必ず月があるように思う.

中秋の名月であろうか,白抜きの満月が描かれている.

この作品には朝顔が描かれているのだがこの朝顔は,ずっと見たい見たいと熱望しているせいか鈴木其一の朝顔図屏風の朝顔に似ているように思えてくる.

鈴木其一は酒井抱一の弟子であるから,何かしら影響があるのかもしれない.


秋草鶉図 酒井抱一

秋草や鶉に注目すべきところだろうが,気になるのは上部の黒い月である.

この月の彩色には銀も使われているそうだ.

この黒と銀で明るい月を表そうとしているのがおもしろい.


月梅図 酒井抱一

梅の絵というと紅白梅図屏風に代表されるような光琳梅を思わずにいられない.

この月梅図は白抜きの満月を背負ったほっそりとした,しかし生き生きと枝を伸ばしている紅白梅である.

花は光琳梅と言ってもよいと思うが,どうどうと立ちそびえる紅白梅図屏風の梅とは異なるこの月梅図は酒井抱一にしか描けないのだろう.


仁徳帝・雁樵夫・紅葉牧童図 酒井抱一

この作品は三つの掛け軸を一つの作品としている.

民の竈から煙がのぼっていないことに気付き,一時期,税を免除し,倹約に努めたという仁徳天皇の逸話を元にしているとのことである.

私はこの逸話を神武天皇や雄略天皇と混同してしまう.

神武天皇の国見や雄略天皇の堅魚木の逸話あたりで混乱しているのだろうと思うが,なかなか正確に覚えられないものである.


寿老・春秋七草図 酒井抱一

寿老の図,春の七草図,秋の七草図の三つで一作品を構成している.

中央で山羊に乗って振り返る寿老は何か逸話があるのだろうか.

両脇の春秋の七草図によって遠近感を感じる.

何より七草は生命力を感じるほど美しい.


牡丹図 鈴木其一

個人的に鈴木其一の作品は色づかいが好きだ.

琳派も酒井抱一から鈴木其一までいくとデザイン性よりも写実性が強くなっていくような気がする.

画面いっぱいの牡丹の足元にそっと咲くたんぽぽが可愛らしい.


2章:琳派に学ぶ

満月光 加山又造

千羽鶴 加山又造

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加山又造の作品は一目見ただけで彼の作品ではなかろうかと思うくらい特徴的だ.

あまり私の好みではないのだが,忘れられないインパクトがある.

そして,彼も琳派の強い影響を受けていることがはっきりと分かる画風である.


3章:秋の彩り

秋彩 東山魁夷

川端康成に「京都は今のうちに描いてもらわないと…」と言われたことがきっかけで作成されたそうで,各四季を描いた四部作のうち秋の絵である.

百人一首発祥の地とされる小倉山の秋を描いたという作品である.

赤と黄色に染まった木の向こうに青い小倉山がそびえているのだが,現実にありそうな風景でいつか見てみたいと思わせてくれる.


奥入瀬()  奥田元宋

輝く赤の美しい紅葉の風景である.

奥入瀬とのことではあるが,この世の光景とはとても思われない.

こんなに美しい圧倒的な紅葉の図は初めて見たかもしれない.
在原業平の「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」を思い出してしまった.
描かれている地や川に紅葉が浮いているわけではないのだが。


以上が,概要である.

琳派関係の特別展ではなかなか出会えないタイプの作品が多く,楽しめた.

また,明治時代以降の作品はあまり鑑賞してこなかったが,いいなと思える作品にも出会えたのもよかった.


今年は琳派YEARであるので,まだまだ琳派作品を楽しめそうである.

時間を作っていきたい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-09-21 20:00 | 博物館

スサノヲの到来―いのち,いかり,いのり@松濤美術館

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松濤美術館にて開催中の「スサノヲの到来―いのち,いかり,いのり」を鑑賞してきた.

この特別展は足利市立美術館,DIC川村記念美術館,北海道立函館美術館,山寺芭蕉記念館での開催を終えているということである.

以下,各作品の感想である.


序章 日本神話と縄文の神々

蛇を戴く土偶

頭上に戴く蛇は脱皮を繰り返すことから不死の象徴とされていたと考えられている.

一方でこの土偶も例にもれず女性を表していることから,不死を表しているだろう.

また,この土偶の左目の下には線が施されており,これは涙とみることができ,ネリー・ナウマンは「泣きいさちる神」スサノヲの原型を読み取ったという.

スサノヲの神としての機能は既にこの時にできあがっていたということだろうか.


蛇文人面深鉢

蛇文深鉢

破砕された人面の造形

食物を煮炊きするための土器の口縁部に人面がついているが,たいてい人面部分が分離し,本体は人為的に破壊されているという.

土器は食べ物を恵む女神と見立てられ,それを呪術的に破壊することによりさらなる再生を祈ったものと思われるそうだ.

解説にあった通り,記紀に登場するオホゲツヒメやウケモチノカミを想起させる.

先にも書いたが,オホゲツヒメやウケモチノカミの神としての機能ができあがっていたとすれば,なかなかおもしろい.


第一章 神話のなかのスサノヲ

伝素戔嗚命・稲田姫命像(複製)

松江市八重垣神社本殿内の板壁に描かれたものである.

数年前,八重垣神社を訪れた際に実物を見たということで思い出深い.


下総東葛飾郡院内八坂神社素戔嗚尊像図

スサノヲは樹神でもあるということで,二本の巨木とスサノヲが一体化して描かれている.

体に植物が生えているといえば,ヤマタノオロチを思い出してしまう.

スサノヲとヤマタノオロチに同じ機能が備わっているという点が気になる.


素戔嗚神 稲田姫神 脚摩乳神・手摩乳神(三幅)  狩野時信

奥絵師である狩野時信が描いたということであるが,日本の神を描いた例は他にもあるのだろうか.
日本神話の神を奥絵師が描くというのは不思議な感じがする.


鳥髪峰写生図  八雲華渓

鳥髪峰(船通山に比定される)から流れる川(斐伊川)をヤマタノオロチに見立てている.

ヤマタノオロチは斐伊川の氾濫を示しているともされているので,おもしろい.

私のような素人にも不穏な気配を感じられるのが素晴らしい.


大日本名将鑑 素戔嗚  月岡芳年

素戔嗚尊出雲の簸川上に八頭蛇を退治し給ふ図  月岡芳年

明治初期の浮世絵師・月岡芳年にはいくつか有名な作品があるが,スサノヲの図としてよく例に挙げられるという点でも有名な作品だと思う.

どちらも荒れ狂う風や波を感じられるすごい作品である.


第二章 スサノヲの変容

神像群

日御碕神社宮司小野家に存在した邸内社より発見されたということである.

天神像や女神像,僧形像,そして出雲神社の神使であるウミヘビ像で構成されているのがおもしろい.

日御碕神社は日沈宮や神の宮など他と違った神社であるということや出雲大社との関係等,気になる神社である.


月読尊像

スサノヲとツクヨミは同一の働きをもっていると解説にあったが「アマテラス及び神宮考⑫ -珍説披露(2)-」に書いた私の珍説・ツクヨミとスサノヲのエピソードの入れ替えは真実味を帯びるのではないかと思う.


第四章 マレビトたちの祈りとうた

熊野牛玉宝印版木

明治時代~大正時代の熊野本宮大社の牛王宝印の版木である.

熊野三社のうち他の牛王宝印はいただいたのだが熊野本宮大社については持っていないので,いずれ熊野に行くことがあれば是非いただきたい.


飛白書三社宮号及び三社託宣  木食知足

飛白書というものを初めて見たのだが解説にあったように,呪術性を感じる文字である.

大弁財天功徳天の御化身一筆龍王の図(鎮火一筆龍王の図) 高野山法印大圓老師

一筆書きで描いたとは思えないほど,リアルで勢いのある龍王である.


第六章 スサノヲを生きた人々―清らかないかり

日記(真の文明は…)  田中正造

「真の文明は山を荒らさず村を破らず,人を殺さざるべし.古来の文明を野蛮に回らす.今文明は虚偽虚飾なり,私怨なり,露骨的強盗なり」

最近,私の周りで環境を守りたいなどという話を聞く機会が多いが,本当にそう思っているのかと疑ってしまうような軽い言葉が多く,また,何も考えずにとにかく響きのよい言葉を叫んでいるのだろうなとがっかりさせられることばかりであった.

そんな中でこの言葉は胸に迫るものがある.


河川図(5)関東地方河川図  田中正造

河川図(12)渡良瀬川流域図  田中正造

田中正造という人は足尾銅山鉱毒問題関連でしか知らなかったのだが,河川水害対策にも取り組んでいたということを知り,偉大さを思い知らされた.

本当に民のために働いていた方ということを知れてよかった.


菌類彩色図譜  南方熊楠

南方熊楠は膨大な菌類の図譜を残したということで,少々,菌の勉強をしていた者としては非常に興味深く見させていただいた.


「すさのを」詩稿  折口信夫

折口信夫については勉強が足りないので,詩のことなどはほとんど知らなかったのでまた興味深く見させていただいた.


第七章 スサノヲの予感

7章では現代作家の作品をとりあげている.

現代作家については全く分からないので,インパクトのあった作品について感想を書いておく.


かきつばた抽象  長谷川沼田居

長谷川沼田居という人は書画家でありながら,両眼を失明し摘出したそうだが,その後も盲目でありながら筆を折らずに画家としてあり続けたそうである.

この作品は盲目となった後に手掛けられた作品である.

作者は完成した作品を見ることはかなわないというのになぜ書き続けることができるのか…,その境地は私には計り知れようもないが,インパクトのある作品であった.


八拳須  佐々木誠

スサノヲが母イザナミを慕い,顎鬚が胸に至るほど大人になっても激しく泣き続けたという神話をモチーフにした木彫りの作品である.

このスサノヲは記紀とは異なり静かに泣いているようにみえる.

確かにこのような瞬間もあったのかもしれない.

また,スサノヲの髭は蛇をも表しているそうである.

また背後にまわるとこのスサノヲ像は洞になっており,そして鳥居が置かれている.

スサノヲという存在について考えさせられる作品である.


まいか  栃木美穂

木組みから無数につるされた長細い麻布に囲まれた空間には四季の植物を塩で封じた容器が四つ置かれている.

香りまでもが作品なのである.

普段,香りのよいものを身に着けたりしているが,作品としてとらえたことはなかった.

しかも,香りを体験する空間を設定することで,いつもより香りに集中できるのかもしれない.

麻布で作られた空間は神秘的でもあった.

何かの神事を行っているようにも感じられる瞬間でよい体験をさせていただいた.


あめのうた  タカユキオバナ

鈴,剣,鏡が無数につるされた空間に水晶が一粒ずつ入った香炉のようなものが脇にいくつも並べられている.

この水晶にはアルファベットを一人一人が拾い上げることにより,「うた」をつくっていくという作品である.

私も一文字参加させていただいた.

最終的にどのような「うた」になったのか気になるところである.


以上が各作品の感想である.

訪れるまでは,スサノヲをモチーフにした作品が美術的に鑑賞できるだけかと思っていたが,スサノヲのみならず,日本の神々についても考えさせられる構成で非常に楽しめた.

現代作品にしてもとっかかりやすく,本当に行ってよかったと思う.

巡回展と言えば,都内であればトーハクや江戸東京博物館のような大きな博物館で大きな特別展を開催して巡るイメージがあったが,博物館の規模が大きくなくても,ポイントを押さえた興味深い巡回展でも満足度は同じくらい高いものだと思わせてくれた.

今回のようなテーマだと,規模の大きな特別展は難しいだろうから,それでも巡回展として開催されたのは意義深いと思う.

今後にも是非是非期待したい.


この特別展の図録を購入したのだが,300ページほどもあり,解説なども読み応えがありそうである.

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たぶん巡回展だからこそこのような図録を作成できたのだろう.

小中学生向けガイドブックもついてくるのだが,こちらも分かりやすくまとめられていて,大人の私としても嬉しい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-09-14 00:16 | 博物館

大地図展ーフェルメールも描いたブラウの世界地図ー@東洋文庫ミュージアム

地図を楽しむ方は多いらしい.

知人の話を聞いていると,行きたい先の地図を眺めて,観光したつもりで楽しんだなど,想像力をフルに使っておられて,なんとも羨ましい楽しみ方をされておられる.

斯く言う私も,やれキトラ古墳と藤原京の位置関係だとか,あの神社とこの神社の方角など気にして地図を眺めないこともないので他から見れば同じ人種と思われているだろう.

とは言え,私の場合,地図と言えば,初めての場所を訪れる際に使用するパターンをまず思い浮かべるので,基本的には実利的な使用方法で接する機会が多いのである.


前置きが長くなったが,大地図展―フェルメールも描いたブラウの世界地図を見に,東洋文庫ミュージアムに出かけてきた.

単純にたくさんの地図が並べてあるのだとしたら壮観だろうなというノリで出かけたのだが….

ちなみに大地図展の「大地図」とは大地図帳のことで,たくさんの地図で「大地図」と言っているわけではない.

私の勘違いである.

今回の訪問時にはMAの方による展示解説が行われていたのでついて回ることにした

では,以下詳細.


ライマン・ホームズ航海日誌

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アメリカ捕鯨船「ジョン・ハウランド号」の水夫,ライマン・ホームズの航海日誌である.

左下のクジラのヒレはその日捕獲した頭数を表している.

その他にもクジラの絵が描かれていたり,たのしい日誌である.

このページの1841628日にはジョン万次郎を含む5名の漂流者を救出した旨が書かれているそうで,貴重な一次史料である.

私の歴史好きは近年,奈良時代以前に重点を置いているため,まず一次史料というものにお目にかかることがない.

もしも,奈良時代以前の一次史料が見つかることがあれば,いろんな謎が解明されるはずであるが,さすがに難しいだろうなとも思う.


モリソン書庫

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そもそも,東洋文庫はタイムズ紙で働き,中国駐在のモリソン氏が駐在中に蒐集した書籍等を帰国の際に一括で岩崎久彌氏が買い取り,そこに久彌氏が既に持っていた書籍等を合わせてスタートしたらしい.

買い取りには大英博物館なども手を挙げたようだが,一括で購入するること(とんでもない値段だったようだ)や誰でも読めるようにすることなどの条件が合わずに三菱の創始者である岩崎弥太郎氏の息子である久彌氏が購入することになったということだ.

東洋文庫は現在,世界5大東洋学研究図書館に数えられているという世界に名だたる図書館とのことである.

この世界5大東洋学研究図書館・東洋文庫の基礎となったモリソン書庫は図書館の一部のように展示されている.

本好きであればワクワクする光景である.

モリソン書庫の書籍にはモリソン書庫のラベルが貼られているそうである.


国宝・古文尚書 7世紀 書写

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古文尚書は古代中国の歴代の王たちの言葉を集めたものとのことである.

解説によれば,この古文尚書には「ヲコト点」などの訓読点が残されている.

当時の日本人がどのようにこの尚書を読んでいたのかを研究するための重要な資料とされている.

また,裏面には室町時代の文が書かれており,この段階では古文尚書が裏面となっていたようだ.

昔は紙が非常に貴重であった証拠である.


東方見聞録

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マルコポーロの東方見聞録は様々な言語に翻訳されて出版された.

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上記が初めて出版されたヴィネツィア刊.

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初版後,300年経って,東京で刊行されている.

マルコポーロの時代,地球上にもまだ見ぬ世界が広がっていた.

西洋人にとっては東洋,東洋人にとっては西洋へと旅することのできる人間は非常に少数であっただろう.

その分,夢みることができただろうことには自由を感じる.

私が当時の人間であれば,日本古代史ではなく西洋に興味を持っていたかもしれない.


アジア図

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ブラウの色鮮やかなアジアの地図である.

上部には各港の様子,左右には各国の人々が描かれている.

タペストリーのように使われていたのかもしれない.

地図はと見てみると,日本列島には北海道がないし,朝鮮半島は島のように描かれている.

当時の西洋人の認識が分かって面白い.


北極図

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メルカトル図法で有名なメルカトルの地図とのことである.

北極が岩島として描かれているのが面白い.


東インド諸島図

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こちらもメルカトルの地図である.

右上の商船はオランダとイギリス国旗を掲げている.

オランダとイギリスは胡椒の貿易で激しく対立していたとのことで,このような古地図から当時の世界情勢が分かるのは面白い.

それにしても,メルカトルもこのように色鮮やかな地図を作製したのだなあ.


ブラウの大地図帳

17世紀のオランダは世界の盟主として世界随一の繁栄を迎える.

オランダはその他のヨーロッパの国々とは違い信仰する宗教を強制しなかったために,様々な国々の人々が様々な情報を携え,移住してきた.

オランダではあまり派手なことは好まれなかったために,富栄えた人々がそれを示すために行ったのは豪華な装丁の本を作成することだったという.

このような時代の流れの中でブラウ父子によって作成されたのがブラウの大地図帳である.


大地図帳1巻 北極圏及び北方ヨーロッパ

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大地図帳2巻 ドイツオ及びその隣接地


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大地図帳3巻 ネーデルラント


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大地図帳4巻 イギリス


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大地図帳5巻 スコットランドおよびアイルランド


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大地図帳6巻 フランス


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大地図帳7巻 イタリアおよびギリシャ


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大地図帳8巻 スペイン,アフリカおよびアメリカ


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大地図帳9巻 アジア、およびアジアのなかの中国


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イギリスやフランス,そしてイタリアあたりはもちろんアフリカ大陸もよくみる世界地図と同じような形をしているようにみえる.

翻ってアジアはというと,「アジア図」に比べれば,北海道はあるし,朝鮮半島も半島らしく描かれているが,おなじみの地図とは異なっているように見える.

日本人がほぼ正しく日本列島の形を初めて理解したと思われる伊能忠敬の地図も18世紀のことなので,しょうがないだろうが.

それにしてもこの地図はとてもきれいで眺めているだけでも楽しい.

他のページには下図のような絵もあるらしい.

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行ったことはないが今よりも巨石がよく残っているようにも見える.

フェルメールの絵には下図のように描かれているそうだ.

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中国図

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西洋初の中国地図とのことである.

宣教師のために作成されたということで,教会の場所もきっちり書かれている.

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象や鹿の絵も可愛らしい.

大明地理之図

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中国を中心に日本や朝鮮,琉球そしてベトナムを描いた地図である.

日本より,琉球のほうが書き込まれているのが面白い.

観光ガイドブックの要素を含んでいるようで三国志関連の情報も充実しているようだ.

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現代と何も変わらないなと微笑ましく思う.


以上が個々の展示に関する感想である.

東洋文庫ミュージアムは初めて訪れたが,規模は小さいもののミュージアム自体すら鑑賞できるよう作られており,とても楽しかった.

また,MAの方も親切で個々で質問にも答えてくださり有意義であった.

東洋学とは聞いたことがある程度で触れたことはなかった学問ではあるが,とても面白そうだなと思えた.

今回の大地図展のように東洋文庫ミュージアムにしかできない展覧会がありそうである.

次回は幕末展とのこと.

東洋学からみた幕末というものを知りたくなった.

時間を見つけて,また行きたい.




おまけ

古代史好きには非常に興味深い「広開土王碑拓本」(複製)を見ることができる.

実物大なのであろうか,かなりのサイズである.

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by Allegro-nontroppo | 2015-07-26 21:56 | 博物館

発掘された日本列島2015@江戸東京博物館

先の記事にも書いたが,「発掘された日本列島2015」を見に行った.

場所は江戸東京博物館である.

昨年も「発掘された日本列島2014」を見に行った(記事はこちら→)のだが,その時の文化庁職員の方の展示解説が勉強になったので,今年も聞かせて頂いた.

そのあたりも踏まえながら,以下感想(展示順)である.


古墳時代

甲塚遺跡(栃木県下野市) 約1400年前

前方後円墳であり,下野国分寺跡の隣に位置しているとのこと.

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機織型埴輪は日本で唯一ここのみで出土している.

沖ノ島の祭祀遺物にもミニチュア版の機織機が出土しているが,埴輪としても出土したということで学術的意義が高いそうだ.

当時既に形の異なる2種類の機織機があったことが分かる.

色が塗られていたようで,復元すると下写真のようになる.

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人物埴輪は表情豊かで,右4体は男性(みずらを結っていたりする),左は女性と推定されている.

一番左の女性がもっているものはこれまで出土例はあったが,今までのところ何のためのものかよく分かっていない.

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右の馬は鐙が片側にしかないので横座り用かもしれない.

馬も色を塗られていたようである.

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埴輪たちはなんらかの儀礼の様子をあらわしていると思われるが,お葬式なのか,それとも別の儀式かどうかは決着がついていない.

埴輪は素焼きのまま古墳に飾られていたというイメージがあったが,色が塗られていたということで,当時の美意識の高さには驚かされる.

沖ノ島の機織機は数年前,トーハクの「大神社展」で見た記憶がある.

記紀では天照大御神も機織りをしていることだし,当時の信仰的にも大きな意味合いがあったのであろう.


旧石器時代

福井洞窟 約15000年前

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洞窟遺跡である.

洞窟の中なので地層が乱れにくく,掘り進めるほど時代が古くなる.

この展示は発掘地点の深い順に棚が高くなっている.

土器を使うようになると縄文時代と言えるが,上から2番目と3番目に土器が出てくるので,ここ辺りは縄文時代である.

それ以前はないので旧石器時代から縄文時代となる.

黒曜石すら一番古い時代には見つからない.

旧石器時代と言っても黒曜石すら加工できなかった時代であろうか.


縄文時代

けや木の平団地遺跡 約4000年前

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拡大写真
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深鉢型の土器で人型が張り付けられている.

この人型はおなかがすこしぽっこりしており,また土偶の表現と似ている(点々=女性を表している?).

参考までに他遺跡の土偶を貼っておく.

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女性は再生の象徴である.

また,この土器には蛇のような模様がみられる(蛇は脱皮から再生の象徴).

祭祀に使われたと思われる.

私の中で今回一番印象に残ったのがこの展示である.

人型が張り付けられた土器というのは聞いたことがない.

板状土偶の発展版のようにも思える.


弥生時代

東奈良遺跡 約2000年前

銅鐸の鋳型が完全な形で発掘された遺跡である.

他にガラス玉の鋳型なども見つかっており,生産を行っていた遺跡として知られている.

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鋳型の中に銅を流し込むための容器が見つかった他,銅鐸の絵が描かれた絵画土器も見つかった.

銅鐸を作っていた人たちが土器にも銅鐸を描いて何らかのお祭りをしていた.

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土器の割れ目部分に銅鐸の耳が彫られているのが見える.

銅鐸と言えば,信仰の道具なのに,祭祀等で使用された土器に描かれているのを見たことがなかった.

銅鐸を作っていた遺跡で見つかったということで,他の遺跡より銅鐸を描いた土器の数がよその遺跡より多かったのか,それともよその遺跡では描くことすらしていなかったのか,祭祀の形が気になるところである.


速報

速報として最近のニュースが取り上げられていた.

淡路島でたくさん銅鐸が出てきたが,これは砂とりの業者さんが10年くらい貯めていた砂から出てきたものである.

銅鐸の中には舌が入っており,古い銅鐸であることは分かっている.

現在,これらの銅鐸は調査中であり,実際に埋まっていた場所の特定などが行われているところである.


古代

瓦塚窯跡 約1300年前

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場所は常陸国の国府跡や国分寺跡のすぐ近くである.

同時代,東北では蝦夷との戦いが行われていたが,瓦塚窯跡の近くでは鉄製品を作っていた遺跡もあり,ここで戦いのための道具を作って北に送っていたといわれている.

当時は役所や寺にのみ,瓦を葺いていた.

この窯では蓮華文や唐草文の瓦が出土している.

蓮の花の模様から時代比較の研究が行われ,ほぼ時代が特定できるようになっている.

奈良の飛鳥寺だったと思うが,蓮華文の瓦の時代比較の展示が行われていたのを見たことがある.

時代ごとの流行などあるのだろうか.

同時代の別の場所の蓮華文の瓦の比較展示など見てみたくなった.


中世

大雲院跡 約400年前

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大発見である.

織田信長の長男・信忠(本能寺の変で亡くなった)の供養のため建立されたお寺である.

二代目の関白にまでなった豊臣秀吉の甥の秀次の供養塔の一部が発見された.

高野山に追いやられ自刃した文禄四年七月十五日や秀次が高野山で名乗った法号・道意などが彫られている.

大雲院は秀次と親交の篤かった貞安和尚がいたお寺であり,妻子まで処刑された秀次を悼んだ貞安和尚が建立したと考えられる.

このあたりの時代はあまり詳しくないのだが,秀次の追放や一族皆処刑の件などは豊臣秀吉乱心のエピソードとしてよく聞く.

来年の大河ドラマでも出てきそうな予感がする.

秀次に関しては内密に供養されていたという話がいろいろあるようなので,実際の追放の理由というのは分かっていないようだが,秀次に大きな非はなかったのであろう.


近代

シャトーカミヤ旧醸造施設 約110年前

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大震災で被害を受けたため,修理する前に発掘調査を行ったところ,作った場所・会社名が彫られている耐火レンガが発見された.

耐火レンガは江戸末期から使用されており,富岡製糸場や韮山の反射炉などでも使用されている.

耐火レンガというものが,普通のレンガとどのように違って耐火性となっているのかよく分からないけれども,江戸時代末期から既に使われていたというのは面白い.


特集1 復興のための文化力―東日本大震災の復興と埋蔵文化財の保護―

東日本大震災からの復興のため,防潮堤や土地の造成を行う前に,土地の歴史を調査しておくために発掘調査を行っている.

本当に広範囲なうえ,急ピッチで行う必要もあり,発掘現場の方は苦労されていると思う.

しかし,私見ではあるが,地域の歴史を残すというのはアイデンティティの確立などなどにおいて重要と考えるのでどうぞケガ等なさらず,無事終えられることをお祈りいたしたい.


縄文時代

東町遺跡 約4500年前

竪穴住居跡に特徴的な複式炉が発見されている.

複式炉は奥には土器を置き,手前は石組みという,二つの機能に分かれている.

どっちで何をしたのかははっきりとは分かっていないが,おそらくは手前で調理して奥に火や灰を置いたと考えられる.


弥生時代

天神原遺跡 約1900年前

再葬墓で有名な遺跡である.

重要文化財となったが,大震災で壊れてしまった(ただし修繕済み)


奈良時代

天化沢A遺跡 約1300年前

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この周辺では山を歩くと鉄滓(ほとんど鉄成分が残っていない)がゴロゴロしており,山を削ろうとすると製鉄の遺跡が出てくる.

羽口(溶鉱炉に風を送る入口のこと.溶鉱炉側が焦げている)等,製鉄にかかわるものが発掘されている.


平安時代
高大瀬遺跡 約1200年前

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地層の跡から津波が来た時期が分かる.

東日本大震災,1611年の慶長の大地震,貞観地震など.

津波の痕跡と周辺住居がいつあって,いつないのかを重ね合わせる.

その土地の変遷が分かるとどこが安全でどこが危ないのか分かるようになる.

発掘調査から危険地域などをあらかじめ予測できるようになると,天災に対する備えも充実してくるはずである.

発掘成果が楽しみである.


特集2 全国史跡整備市町村協議会50周年記念

全国史跡整備市町村協議会は史跡名勝を整備し,保護する活動を行っているそうだ.

史跡整備の事例が挙げられていた.


奈良時代

ウトグチ瓦窯跡 約1400年前


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昨年,奴国の丘歴史公園や水城を訪れた際,時間があれば是非訪れたかった(記事はこちら→).

ウトグチ瓦窯は場所からいえば,大宰府のための瓦を焼いていたのだろう.

現在のウトグチ瓦窯は展示館として,発掘調査当時の状態で保存・展示されているようだ.


その他

歌津中山の津波記念碑

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1896615日に起きた三陸大津波の記念碑の拓本である.

内容としては,後世の人たちへの津波の警告ということである.

この碑については,芸術性とかそういうところとは別にしてずっと残していくべき日本の宝だと思う.


以上が「発掘された日本列島2015」の個々の展示の感想である.

ところで「発掘された日本列島2015」では若い解説スタッフ(おそらく学生さんであろう)が来場者に説明して回っていた.

けや木の平団地遺跡の人の文様が付いた縄文土器について私に親切に解説してくださった方もいる.

若い方に解説して頂くというのも疑問点など聞きやすくていいものである.


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by Allegro-nontroppo | 2015-07-06 19:00 | 博物館

2015年NHK大河ドラマ 特別展 花燃ゆ@江戸東京博物館

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江戸東京博物館で開催中の「2015NHK大河ドラマ 特別展 花燃ゆ」に出かけた.

同時開催中の「発掘された日本列島2015」目当てに出かけたわけだが,同時開催中ならば見てみようという訳である.

「発掘された日本列島2015」については次回,アップ予定である.


大河ドラマはとりあえず,どの年も最初は見ることにしている.

面白い年は当然,最後までみることになるが,どうにも合わない年は予定等が入って見れなかった時点で脱落する.

大河ドラマは日曜日2回,土曜日1回と放送するので,録画の必要性を感じない.

今のところ,花燃ゆは全ての回を視聴することに成功している.


実は私の歴史好きは幕末から始まったのだ.

平安時代以前に対する興味は日本がどのように形作られたかとか,解明されていないことを知りたいとかいう点に重点があるのだが,幕末に関しては人物の偉業などに重点があるように思う.

幕府側,政府側のどちらが好きというより,どちら側にも好きな志士がいるので,なかなかお得な楽しみ方ができているように思う.

ちなみに政府側でいうと長州藩の人々はまとまりとして見た時に非常に興味をそそられる.

それから個人的に政府側で一番面白いのは高杉晋作である.

そのようなわけでもう10年以上前から,大河ドラマで幕末ものをやるならば長州目線がよいと各所で言っていた.

その長州目線の大河ドラマ「花燃ゆ」に関する感想はまだまだ中盤であることだし,この段階では書くべきではなかろうと思うのでここには記さない.

今後,明治維新に関する様々な出来事がどのように描かれるか興味はあるので見続けたいと思う.

以下,興味深かった展示の感想である.


プロローグ「文の育った萩」

御両国測量絵図

伊能忠敬の地図を長州藩が頼んで,自分の領地分を写させてもらったものだそうである.

かなり巨大な地図である.

針の穴があいていることなどからも正確に書き写そうという意識が伝わってくる.


第1章「兄・松陰と家族たち」

海防憶測 上・下

大河ドラマ「花燃ゆ」でも,キーポイントとして出てきていた.

山口県立山口図書館の所蔵品ということで,幕末の長州で誰かがこの本を読んでいたのだろう.


佐久間象山送別詩

ロシア艦隊(だったと思う)に乗り込んで海外に渡ろうとした松陰に佐久間象山が送ったという詩である.

松陰が黒船密航(未遂)の罪に問われた際,佐久間象山もこの詩を理由として罪に問われたという.

松陰関連の小説なんかでは必ず出てくるエピソードである.

本物を見れるとは感激である.


野山獄中俳諧

松陰が野山獄につながれていた際,俳諧の会を開いたというのも有名なお話である.

「野山獄中俳諧」には当時野山獄にいた人々の俳諧が松陰によって記されている.

松陰の俳諧はないところなどみると,松陰とその周囲の人々が当時どういったやり取りをしていたのか微笑ましい気持ちになる.


第2章「兄の教えと松下村塾の仲間たち」

松下村塾机

よく残っていたなあと思う.

罪人の塾ということでものを書きにくそうな仕様は当時からだろうか.

それとも使い古されてガタついたのであろうか.

想像を膨らませられる.


松下村塾原稿用版木

現代で言う原稿用紙のマス目のための版木である.

これも塾生たちが一枚一枚刷っていたと思うと微笑ましい.

しかし,筆で文字を書くためのマス目にしては随分小さいように思うのだが,昔の人は器用だったのであろう.


吉田松陰自賛肖像(吉田家本)(杉家本)(品川本)(久坂本)(岡部本)(中谷本)(福川本)

吉田松陰自賛肖像はこんなにもたくさんあるのかと驚いた.

教科書でよく見る松陰はどの松陰だろう.

どの松陰も松浦松洞が描いたものだが,少しずつ手の位置だったり,着物だったりが違う.

そのあたり,研究されているのだろうか.


高杉晋作等血判状 吉田松陰宛

高杉晋作関連の小説なんかを読んでいるとこの血判状に関するエピソードはだいたい出てくるように思う.

二度目の野山獄中で危険な書状などなど書く松陰に対していさめるために,高杉晋作や久坂玄瑞らが血判状を江戸から送るというものだ.

これに対して松陰は絶縁状を送り付けるわけだが….

高杉晋作は長州の金で軍艦を勝手に購入してみたりと自由な人間のようにも思えるが結構苦労もしているのだなと思う.


第3章「夫・玄瑞との別れ」

荻野流壱貫目青銅砲

下関戦争の際に使用されたが,結局,戦利品として持ち去られてしまったという.

驚いたのはこの銅砲の側面に装飾が鋳られていることである.

鋳造品だろうし,この程度ならば強度に問題ないだろうが,それでも大砲に装飾とはおしゃれである.


第4章「幕府との対決へ」

高杉晋作道中三味線

都々逸「三千世界の鴉を殺し、主と添寝がしてみたい」は高杉晋作の作とも言われる(桂小五郎の作とも言われる).

このように高杉晋作といえば三味線のイメージが強い.

以前,本でこの三味線のことを知ってから,絶対に見てみたいと思っていた.

萩に行かなければみることはできないと思っていたので東京で見ることができるとはとても,とても感激であった.

本によれば棹が分割できるようになっているとのことだったので,どのようになっているか観察してみたが,分割部分はよく分かったが細かい仕組みはよく分からなかった.

棹が分割する仕組みで音が悪くなったりしないのだろうか.

疑問はつきないが,とにかく一目見ることができてよかった.


高杉晋作瓢

この瓢も有名なものである.

一度,山形有朋に贈ったのだが,やっぱり返してほしいと頼み,返してもらったというエピソードがあるのだ.

さすがに瓢には詳しくないのでどう素晴らしいのか分からないのだが,高杉晋作の人間らしさのよく分かる微笑ましい瓢である.


木戸孝允書簡 坂本龍馬宛(坂本龍馬裏書)

薩長同盟における合意事項について木戸孝允(当時は桂小五郎ではないかと思うが)が坂本龍馬に確認してもらったという書状である.

裏面には坂本龍馬が内容に間違いがないことを朱で書いている.

現代風に言うならば会議の議事録の確認をしてもらったというところであろう.

会議の合意事項をきちんと残しておくのが大事だというのは仕事上でも感じるところである.

幕末好きにはたまらない一品であろう.


第5章「楫取とともに」

楫取美和子筆写 吉田松陰和歌「親思ふ」

今回の大河ドラマの主人公である吉田文は晩年に吉田松陰の和歌を筆写したようである.

どのような思いで筆写をしたのか,単純な思いではないだろうし理解はできないだろうが,考えさせられる展示であった.


涙袖帖 久坂玄瑞書簡 文宛

久坂玄瑞が妻である文に送った書簡を一冊にまとめたものである.

また,まとめたのが文の二番目の夫である楫取素彦であるというところが泣かせる.

残念ながパネルのみの展示であったが,全部分の展示であったので手紙の内容がよく分かった.

毎回,なかなか手紙を出せないことを詫びているところに久坂玄瑞の状況が垣間見える.


ところで,大河ドラマ 特別展は毎年開催されているようであるが,私が見に行くのは初めてである.

撮影で使用された衣装などが展示のメインであるかと思っていたのだが,そんなことは全くなかった.

大河ドラマと切り離しても,長州好きとしては満足の展示であった.

おそらく2時間以上は楽しんだのではなかろうか.

この日は昼食後に出発したので「発掘された日本列島2015」を優先すると特別展まで見る時間はないのではないかと思った.

しかし,特別展・常設展共通点ならば,特別展を会期中の別日に見ることも可能(ただし,入場してしまうと再入場は不可)とのことだったので,思い切ってこちらを購入した.

幸い,土曜日だったので開館時間が午後7時半までであり,余裕をもって見て回ることができた.


さて次回は「発掘された日本列島2015」についてである.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-28 23:53 | 博物館

國學院大學博物館

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4月末に國學院大學博物館を訪れた.

非常に興味深い博物館だと思うが,ブログにまとめるには…と思うと難しいものがある.

これをまとめられないでグズグズしていたために,2か月もの間更新がないという結果を招くこととなった.

簡単にはなるが,印象深かったところだけ(覚えているところだけともいう)まとめておく.


考古エリア

山ノ神遺跡復元模型

奈良県大神神社の神体山である三輪山内にある山ノ神遺跡を復元している.

三輪山には入山したことはないが,通常の入山者はこの遺跡を見ることはできないのではなかろうか.

この巨石祭祀遺跡は礫敷と巨石が組み合わさっている.

原始信仰である磐座信仰の跡はこのようなものであったかと少し感動してしまった.

子持ち勾玉もここから出土したことで有名である.

ちなみに原始信仰の山版が三輪山ならば,海版は福岡県の沖ノ島である.

沖ノ島も通常は人の出入りが許可されておらず,祭祀遺跡を見ることは叶わないが,千葉県国立歴史民俗学博物館で模型をみることはできる.


その他

考古資料(旧石器時代~中世)が多数展示されていた.

土器や石器などその時代,その時代のスタンダードな遺物が展示されているのではないかと思う,たぶん.

時間をかけて入り浸って勉強したくなるエリアである.


神道エリア

伊勢の神宮皇大神宮御正殿模型

数年前の伊勢の神宮遷宮のあとに旧殿拝観させて頂いたが,このときは外宮のみであったので,内宮正殿の様子を知ることができるのは素直にうれしい.


伊勢の神宮 幣帛

伊勢の神宮 神御衣

伊勢の神宮・神嘗祭神饌

賀茂御祖神社 神饌

宮中新嘗祭祭具

大嘗祭神饌

このあたりはこんな風に執り行っているんだと感心するばかりで,おもしろいが何とも記事にまとめられない.

勉強不足で見るべきところを見られていないのかもしれない.

これらの祭祀などに疑問がでてきたところで再び見に行きたいと思う.


その他

吉田神道関連やそのほかの祭祀についてもいろいろ展示があった.

特に気になったのは伊勢の神宮の据玉が埼玉県の伊勢殿神社と縁が深いということである.

よく分からないので,いつか伊勢殿神社に行ってみたい.

その他にも祭祀にかかわる興味深い展示がたくさんあったが,先にも書いたが,勉強が足らずどこを見ていいのか分からない.

もっと勉強してから再び訪れたいものである.


校史エリア

折口信夫の書斎

折口信夫の出身大学を深く考えたことがなかったし,調べたこともなかったので全く知らなかったわけだが,ここで初めて國學院大學出身だと知った.

このような書斎で民俗学の研究や数々の原稿を生み出していたのかと感心するところしきりである.


その他

國學院大學校史や関係者の紹介のパネル等が展示されており,付属博物館らしい内容であった.


収蔵品展

校史資料,神道資料,考古資料が出品されていた.

新収蔵品や修理物件などということである.



全体を通しての感想としては,実際に見ることのできない遺跡,神宮,神饌などを模造とはいえ見ることができる機会は非常に貴重だと思う.

ただ,今回は私の方の準備ができていないと感じた.

展示物に関して確認したいことや考えをまとめてから見に行かなければ,身につかないことをひしひしと感じた.

とりあえず,今回は下見ということでよしとしておこう.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-21 22:20 | 博物館

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」―光琳デザインの秘密―@根津美術館

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今回は約1月前に訪れた特別展についてまとめておく.

一番好きな絵は何かと問いかけられたならば,迷わず尾形光琳筆「燕子花図屏風」と答える.

「燕子花図屏風」を初めて見た時の,あの表現できない感情を超える作品にはいまだ出会ったことない.

とは言え,しばらく御無沙汰ではあった.

「燕子花図屏風」は現在,根津美術館は所蔵しており,毎年,燕子花の季節には公開してくれる.

だいたい,GW前後の公開期間である.

今年は数年ぶりに見に行こうと思っていたが,5月いっぱいまで公開してくれていると勘違いしていた.

GW翌週にそうではないことに気づき,慌てて休みをとって見に行ったのである.

今年は5月が忙しい時期でなくて本当によかった.


毎年,根津美術館は「燕子花図屏風」を公開してくれるけれども今年は特別である.

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」―光琳デザインの秘密―と題してこちらも尾形光琳筆「紅白梅図屏風」を「燕子花図屏風」と並べて展示するというのだ.

琳派最大の巨人,尾形光琳の作品は海外でも人気が高く,かなりの作品が国外に流出してしまっている.

日本国内にあれば国宝指定されたであろう作品もごろごろあるという.

そのような事情もあって,光琳作品の中で国宝指定されているものといえば,「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」の2つだけだ.

ちなみにこの二作品が同時に展示された最後の記録は56年前だという.

これを逃したら,へたすると生きているうちに2つ同時に見ることは叶わないかもしれないという危機感から出かけることにしたのだ.

ちなみに「紅白梅図屏風」はMOA美術館所蔵品であり,毎年2月ごろ同美術館で公開されているようだ.

今年は根津美術館と同様,尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」として,2作品を同時公開したようだ.

さて,以下,各作品の感想である.


第一章 燕子花図と紅白倍図―「模様」の屏風の系譜

蔦の細道図屏風 伝俵屋宗達筆,烏丸光広賛

この屏風,右隻と左隻を入れ替えても絵がつながるようになっているということで,構図が循環するようにデザインされているそうだ.

現代アートに通じるものがありそうである.

実際には賛があるから,入れ替えはできないだろう.

その賛によれば,伊勢物語「東下り」の一場面ということである.


燕子花図屏風 尾形光琳筆

「燕子花図屏風」を見るのは何回目だろうか.

さすがに初見の感動を再び味わうことはできないが,それでも飽きることはない.

ところで,この「燕子花図屏風」には同じパターンが繰り返されているということは,これまでの展示解説などで知っていたが,具体的にどの部分かというのがいまいちよく分からなかった.

しかし,今回は具体的に解説があったので,初めてなるほどと思うことができた.

新しい発見は何度見てもあるものである.

この作品も「蔦の細道図屏風」と同じく伊勢物語の「東下り」に登場する「ら衣つつ慣れにしましあれば るばる来ぬるびをしぞ思ふ」からと言われている.


紅白梅図屏風 尾形光琳筆

今回の特別展のウリは「紅白梅図屏風」を「燕子花図屏風」と並べて見ることができるというものであったけれども,あの混雑ではとても無理であった.

「紅白梅図屏風」がどのようなものか,初めて知ったのはテレビだったと思うが,この構図には度肝を抜かされたのをよく覚えている.

屏風などは狩野派絵師のもの程度しかよく知らなかったのである.

中央の流水を黒で描き,S字の波が金色というのは衝撃としか言いようがない.

両サイドの梅は光琳梅と呼ばれるデザインの花が咲いており,その幹や枝は琳派特有のたらしこみで描かれている.

まさに,光琳にしか描けない屏風と思える.


孔雀立葵図屏風 尾形光琳筆

孔雀の背後の梅は「紅白梅図屏風」の白梅を思わせる光琳らしい梅である.

ところで去年の多分,7月ぐらいに花をつけたある植物をみかけたのだが,名前を知らないので気になっていた.

今回この屏風を見て,それが立葵であったことが分かった.

言い訳させてもらえば本などで名前は知っていたのだが,実物はそのとき初めて見たのだ.

屏風の立葵の花はかなりデフォルメされているのだが,それでもあの時の花だとはっきり分かるのは単純にすごいと思う.


夏草図屏風 尾形光琳筆

この屏風はやはり画面の対角線上に流れるように夏草を配置しているところである.

この屏風には先の展示にも出てきた立葵や燕子花も配置されている.

立葵も燕子花もこちらの屏風のほうが写実的に描かれている.

特に燕子花は意識して「燕子花図屏風」の花弁を大きく,花のつく位置を低く描いていたのだなと思わせてくれる.


第二章 衣装模様と光悦謡本―光琳をはぐくんだ装飾芸術

燕子花図(小西家文書) 尾形光琳筆

小西家文書とは光琳の息子が養子に行った小西家に伝わった尾形光琳関係の資料ということである.

この燕子花図は「燕子花図屏風」とよく似た大ぶりの花の形をしている.

しかし,葉はたらしこみで彩色されており,花弁も「燕子花図屏風」の群青とは違い,赤みがかった紫色をしている.

どのような目的で描かれたのか気になる作品である.


雁金屋衣装図案帳(小西家文書)

尾形光琳の生家である雁金屋は後水尾天皇の中宮・東福門院の御用を勤めるほどの呉服屋であったという.

その雁金屋の図案ということで,光琳のデザイン性が育まれた源の一つであると思うと非常に興味深い.


扇面数貼付屏風 俵屋宗達筆

この作品は本当に宗達らしいと思う.

もしかしたら,以前に見たことがあるかもしれない.

今回の扇の絵は草花ばかりだが,扇に源氏物語の一場面等々が描かれたもの(宗達の作品ではなく工房の作品かもしれない)も見た記憶があるので,得意としていたのかもしれない.

雅な作品である.


第三章 団扇・香包・蒔絵・陶器―ジャンルを超える意匠

白梅図香包 尾形光琳筆

蔦図香包 尾形光琳筆

仙翁図香包 尾形光琳筆

これらの香包は広げた時はもちろん,香を包んでいるときや包を開いていくときに見える構図まで意識して描かれているらしい.

光琳の器物関連の作品には残念ながら国宝指定はないが,本人は得意としており,また当時の人々も評価していたということがよく分かる.


銹絵梅図角皿 尾形乾山作・尾形光琳筆

銹絵菊図角皿 尾形乾山作・尾形光琳筆

琳派に関する展覧会で行く前から楽しみしてしまうのは尾形兄弟の合作である.

尾形乾山は光琳の弟であるが,ついつい兄関係で苦労したのではないかと思ってしまう.

しかし,光琳は乾山に絵の手ほどきをしたのではと思わせる帳面(見た記憶はあるのだがはっきり思い出せない.もういちど見たいものだ.)も残っているし,合作も相当数存在しているので,仲のいい兄弟であったのだろう.

そういうことを想像しながら鑑賞できるのが合作のいいところだなと思う.


その他,燕子花の季節に根津嘉一郎が催した茶会で使用した茶器や殷時代の青銅器などの展示もあったが,多少展示は入れ替わっているにしても毎年のことなのでざっくりと見て回った.

当日の混雑具合は入場時に並びはしなかったが,美術館は大混雑であった.

先日の鳥獣戯画(記事はこちら→)と比べると,鳥獣戯画の方が館内は整然としていたと思う.

もちろん,こちらはメインが屏風ということもあって近くでみるより,少し離れたほうが構図を見ることができるということもあったであろう.

絵巻は最前列で見ないと見えないので仕方ない.

根津美術館はガラスケースを定期的に磨いてくださっているようで,気持ちよく作品を眺めることができるのが素晴らしい.

こういった努力をどこの博物館・美術館でもやってくれたらと思わずにはいられない.

作品群を見終わったあとは庭園に出て,本物の燕子花を眺めた.

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もう,花も終わりかけである.

最後に記事の最初に挙げたレプリカの写真を撮らせて頂き,図録を購入後,帰宅した.
入場時には待ち列はなかったものの帰り間際にはチケット購入列ができていた.
待ち時間は10分程だろうか.
鳥獣戯画展を経験するとたいしたことないようにも思えるのだが,平日のことなので大盛況といえるだろう.
例年より人出が多いかもしれない.

しかし,今年は尾形光琳300年忌の年であり,琳派発祥400年にあたるとはすごい年だなと思う.

前回,「燕子花図屏風」を見に行ったのは,メトロポリタン美術館から「八橋図屏風」がやってきた「KORIN展」だったけれども,そのとき,図録を購入していなかったので同時購入させて頂いた.

「八橋図屏風」は本当は2011年に根津美術館で公開されるはずであったけれど,震災の影響で,翌年に延期されたのをよく覚えている.

あれから,3年,長いのか,短いのか.


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by Allegro-nontroppo | 2015-06-15 19:23 | 博物館

特別展「鳥獣戯画ー京都 高山寺の至宝ー」@東京国立博物館

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随分,更新間隔があいてしまった.

特に更新するような出来事がなかったのなら,それでもよいかとは思うが,いくつかの博物館・美術館を訪れたので記録しておかなければ忘れてしまう.

訪れた順番に記事にすべきとは思うが,ここは5月29日に訪れた,特別展「鳥獣戯画─京都高山寺の至宝─」から記録することにする.


鳥獣戯画は数年にわたる本格的な修復を終了後,初めて京都で公開されたのが昨年のことだ.

この公開中に奈良に行く機会があったので,寄るべきかとも思ったのだが,東京でも近々公開されるに違いないと信じて見送った。

読み通り,今年,東京国立博物館にて公開されることとなったので,前売り券を購入することにした。

京都ではとんでもない行列ができたという話は耳に入ってきていたので,東京でも同じようになるだろうとは覚悟していた.

東京での公開時期は京都での公開時期より気候がずっとよいから待ち時間はともかく,大丈夫だろうと思っていたが,今年の5月はいつにもまして暑かった.

京都は寒さとの戦いで東京は暑さとの戦いとはよく言ったものだ.

今回の特別展は全場面を見ることができるというのが売り文句だが,実際には前半部分と後半部分を前期後期に分けて公開するので,1回で全ての場面を見れるというものではない.

行列ができるほどでなければ2回行くことも考えたが,3時間以上待つこともあると聞いたので,早々に諦めて,有名な部分のある後期に訪れることにした.

GWと合わせて有給休暇を消化する同僚が多かったのだが,そこはカレンダー通りの休暇で我慢し,5月29日の平日に休みをとって出かけることにした。


当日は雨で,気温もここ数日の中で圧倒的に低かった.

13時過ぎに到着し,外での待機時間は40分ほどであった.

雨とはいえ,風もなく,下手に晴れているより過ごしやすかったと思う.

まず,高山寺伝来の至宝や高山寺中興の祖明恵上人関連の展示を見学した.

こちらは,待ち時間もなく,余裕をもって展示を見ることができる.

その後,ついに鳥獣戯画関連の展示へ.

このあたりから,前列で見学したければゆっくりとしか前に進めなくなる.

まず,鳥獣戯画が生まれた背景に関する展示があったあと,鳥獣戯画の断簡,そして丁巻,丙巻,乙巻,そして甲巻の順で展示されている.

ちなみに甲巻のためだけの待列も形成されており,16時ごろ並んで18時半にしか見れないというとんでもない行列であった.

以下,印象に残った作品の感想である.


第1章 高山寺伝来の至宝

春日大明神像・住吉大明神像

高山寺では「栂尾開帳」という春日・住吉両明神の神影を拝する儀式が継承されてきたそうで,その神影が出品されていた.

実際の儀式がどのように行われているか興味がある.

また,この神像の写しも二品出品されており,このうち一品は仁和寺に伝わったものというから,さらに面白い.

神仏習合と簡単に言ってよいかは分からないけれども,その名残とも言えるのであろうか.


第2章 高山寺中興の祖 明恵上人

子犬

日本における近代以前の彫刻は宗教的な意味合いを持ったものがほとんどだそうだが,この子犬からはそのようなものは感じられない.

現代の日本人も大多数が好ましいと感じるようなかわいらしい子犬で,これを明恵上人も愛でていたと思うと親近感が湧いてくる.


十六羅漢像

この展示の手前にある十六羅漢像のグループには,当時の日本ではあまり描かれなかった栗鼠がよく描かれており,この作品もその一例だというコラムのようなパネルがあったので,よくよく探してみた.

栗鼠というとシマリスを想像してしまうけれども,こちらは森林などにいる野生の栗鼠っぽい.

随分間抜けな感想になってしまった.


白光神立像

白光神はヒマラヤを神格化した神で,体も衣も白一色なのは永遠の雪をたたえたヒマラヤの雪を表しているのだそうだ.

姿かたちはまるで仏様のように見えたので,てっきり仏像と思ったのだが目録を読み返すと神像である.

こちらも高山寺蔵であるが,高山寺には神像がなんて多いのだろうと思わずにいられない.

肝心の白光神立像であるが,白一色というのは見慣れないせいもあるのか,非常に神々しく感じた.

色もよく残っているので尚更である.


善財童子絵

昨年の国宝展で善財童子像を見てから,善財童子と聞くとついつい目がいってしまう.

善財童子関連の絵や絵巻は今回もいくつか出品されていたが,どれも善財童子の一生懸命さが伝わってくるようであった.

そういうものが後世まで伝わるのだろう.

この善財童子絵はかわいらしいタッチで善財童子のみならず,画面にいるすべての神仏たちの表情がどこかやさしいように感じられる作品であった。


華厳宗祖師絵伝 元曉絵

先に記した善財童子絵もそうだが,明恵上人は華厳宗とも何かしら関連があるらしく,それに関する作品もいくつか出品されていた.

後期展示では華厳宗祖師絵伝のうち,元曉絵(義湘伝は前期のみ)を見ることができた.

元曉の事績について,何も知らない私にはうってつけの絵巻であった.

ただ,元曉より勅使のほうがすごいななどとしょうもない感想を抱くようではどうしようもないだろう.


第3章 鳥獣戯画

年中行事絵

展示されていた場面は賀茂祭の行列の様子ということである.

風流傘の飾りものは鳥獣戯画のモチーフとなったかもしれないとのことである.

本当に小さいものではあるがとても可愛らしい.


鳥獣戯画 丁巻

鳥獣戯画の各巻物は順路通りに廻ると丁丙乙甲と逆から見ていくことになる.

丁巻はすべて見終わってから考えると明らかに他の巻とはタッチが違い,別の人物が書いたのであろうと推察できる.

そのタッチは他の巻より暖かみがある.

また,この巻の特徴と言えば人物が主体となって描かれていることだろう.

さらさらと簡単に描かれているようにも見えるのだが,それでいて完成度が非常に高いとは素晴らしい.


鳥獣戯画 丙巻

前半に人物戯画で後半に動物戯画が描かれているこの丙巻は,今回の修理により,料紙の表裏に描かれていた人物戯画と動物戯画を二枚に分けてつなぎ合わせたという発見があったとのことだ.

そのような技術が昔の日本にあったのかと驚くばかりである.

今回,本物が展示されていたのは動物戯画の部分であったが,甲巻と似ていて,擬人化された動物による競馬や祭礼などが描かれており,とても楽しい.

蛙などは甲巻とも似ているように思えるが,作成年代からすると甲巻と同一人物が書いたものではないようだ.

モチーフはよく似ているようにも思うが,そのあたりは今後の研究が待たれるところであろう.


鳥獣戯画 乙巻

他の巻と比べて物語性がなく,動物図鑑のような乙巻である.

龍や獅子など空想上の動物も描かれている.

虎も描かれているのだがキトラ古墳や高松塚古墳の白虎を思い出させるようなスリムな姿である.

親子の動物たちも描かれており,ほのぼのとしている.


鳥獣戯画 甲巻

鳥獣戯画と言えばやはり甲巻であろう.

擬人化された動物たちによる遊戯や儀礼を描いた巻である.

ところで何故,後期の展示にこだわったかというと,もっとも鳥獣戯画で有名な場面である,「猿を追いかける兎」や「兎と蛙の相撲」が後期展示で見られるからだ.

とにかく初めて見た印象は紙幅が想像より大きいなということである.

従って,それぞれの絵自体も想像より大きいわけである.

動物たちはいきいきしていて,いまにも紙から飛び出してきそうだ.

実際に鳥獣戯画を見てから数日経ったが,いまだにぼんやりしていると,これを見た時のことが思い出されてしまう.

他の巻と比べて,圧倒的にこの甲巻には力があるなと感じられた.


以上が今回の特別展 鳥獣戯画の感想である.

並ぶ時間は長かったし,人も多かったが結果的に行ってよかったと思う.

それはそれとして,毎度東京国立博物館の特別展で思うことだが,展示ケースのガラスが汚すぎる.

せっかくの展示が台無しだ.

平成館入場口や甲巻の待機列に人員を割きすぎている感があって,鳥獣戯画以外の展示周りは放置されているようにも思えた.

人員が割けないのならそれはそれなりに,ガラスケースを触らないように注意のパネルを準備するなり何かしら対策をとってほしいものである.

下記は帰り際に撮った写真である.
今回はこのような遊び心のあるパネル等々を博物館内でも見かけた.

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by Allegro-nontroppo | 2015-06-04 01:17 | 博物館

物語絵―<ことば>と<かたち>@出光美術館

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物語絵―<ことば><かたち>を鑑賞に出光美術館にでかけた.

各時代の古典を理解すれば,各時代の文化のみならず,政治情勢や民俗,風習などの理解に役に立つと考えているが,長編におよぶことも珍しくない上,現代語ですらなければ平易に読むことは叶わない.

そのようなわけで手軽に誰でも楽しめる物語絵を鑑賞させていただこうと出かけたわけである.

さっそく,感想を書いておきたいところであるが,その前にお礼を述べておきたい.

前売り券や招待券などは持っていなかったので,受付で当日券を購入しようとしたところ,チケットが余っているからと頂いてしまった.

本当にありがとうございました.

いいものを見せて頂いたと思っております.

充実した休日の午後を過ごせました.


それでは感想を記しておく.


1章 物語絵の想像力―<ことば>の不確かさ

雪月花図 冷泉為家 江戸時代

右幅は源氏物語「若菜上」の一場面,左幅は枕草子第二八〇段である.

私は源氏物語と枕草子のどちらとも,きちんと理解しているとはとても言えないが,単純にエピソードとしては枕草子第二八〇段が好きなのでじっと見入ってしまった.

雪の積もった日に中宮定子に「香炉峰の雪」とはいかなるものかと問われた清少納言が白居易の詩になぞらえて御簾をまきあげるというもので清少納言の気持ちがストレートに伝わってくる有名な段ではないかと思う.

この絵は巻き上げようとしちる御簾の向こうに香炉峰が見えてきそうな構図が気に入ってしまった.


第2章 性愛と恋―源氏物語を中心に

源氏物語図屏風 岩佐勝友 江戸時代

源氏物語全54帖のそれぞれ象徴する場面を書きだした巨大な作品である.

人物の衣装や調度品などもきらきらしく,源氏物語の前半のイメージとマッチしていた.

私がまず気になったのは「須磨」では雷神が描かれているところである.

今まで見てきた源氏物語絵でこのように雷神が直接描かれているのを見たことはない.

また「野分」などの段で風神が描かれているなども見たことない.

江戸時代になると「風神雷神図屏風」に代表されるように雷神・風神の絵が多くなるように思うのでその影響であろうか.

「須磨」以外にも「花宴」で源氏が朧月夜を抱擁するなど,この屏風には新たな表現があるようである.


3章 失恋と隠遁―ここではない場所へ

伊勢物語 富士山図屏風 俵屋宗雪 江戸時代

今回,琳派作品もいくつも出品されているが,唯一,気に入ったのはこの作品である.

伊勢物語で富士山といえば「東下り」の一節であろうが,この富士山が本当によい.

語彙力が足りず表現できないのが悔しいが,例えば葛飾北斎の富士山とは違うよさがある.

堂々としていながらやさしく見守ってくれそうだ.

また,在原業平(本文中は男であるが)は貴族らしい容貌で,表情から富士山に感嘆しているのがよく分かる.

従者は従者らしく,ただし童はついつい富士山を眺めながらといった様子が伝わってくるのも気に入ってしまった.


伊勢物語 住吉の浜図屏風 絵/伝 狩野山楽 賛/伝 松花堂昭乗 桃山時代

この絵は水墨で描かれており,どことなく中国風であるがこの業平(もちろん,本文中は男であるが)も本当に貴族らしい容貌であるために伊勢物語の一場面と分かる.

松花堂昭乗と伝わる賛もあるおかげであろう.

変則的であるがなかなか面白い.


平家物語 小督図屏風 狩野尚信

平家物語 巻六では小督局は高倉天皇の寵姫となったが中宮 建礼門院徳子の父である平清盛に疎まれて隠棲することになってしまう.

しかし,小督の琴の音をたよりに天皇の使者が訪ねてやってくるという場面だそうだ.

情景に色彩が使われておらず,水墨技法を使い,隠棲の侘しさを感じさせる.


第5章 荒ぶる心―軍記物語と仇討

曽我物語図屏風 江戸時代

日本三大仇討の一つ「曽我物語」を題材としている.

私は概要程度しか知らなかったのだが,数々のエピソードが屏風内にちりばめられているようである.

知っているエピソードもいくつか見当たり興味深く鑑賞した.


第6章 祈りのちからー神仏をもとめて

伊勢物語 禊図屏風 伝尾形光琳 江戸時代

「恋せじと御手洗河にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな」という歌の場面を表したものである.

私の知る禊のイメージとは異なっているが江戸時代はこのように執り行われていたのであろうか.

この絵からはあまり光琳らしさは伝わってこないが,在原業平(もちろん,本文中は男であるが)の背中から,苦悩が伝わってくるようなところは素晴らしい.


以上が印象深かった作品である.

全体を通して感じたのは物語絵については琳派よりも狩野派の方が私の好みかもしれないということである.

あまり,狩野派は好みでないと思っていたが新しい発見である.

そういえば,「物語絵」をテーマにしているにもかかわらず,土佐派の作品を見かけなかった.

それから,桃山時代~江戸時代の作品が多かったのもこの「物語展」の特徴であった.


それにしても,今回,出光美術館には本当に久しぶりに訪れることになった.

また,興味を惹かれる展覧会があれば,ぜひ訪れたい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-02-15 21:05 | 博物館

RIMPA 岡田美術館所蔵 琳派名品展@日本橋三越本店 新館7階ギャラリー

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テレビ番組「美の巨人たち」では,酒井抱一「風神雷神図屏風」が取り上げられていた.

琳派好きとしては見ないわけにはいくまいと久しぶりに見ることにした.

琳派の画風は俵屋宗達から尾形光琳,そして酒井抱一へと生きた年代の違う人間が継承してきたことが一つの特徴といえるだろう.

その中で「風神雷神図屏風」は俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を尾形光琳が模写し,尾形光琳の模写をさらに酒井抱一が模写したという,琳派好きにはたまらない作品群である.

以上の話は知っていたが,それぞれの「風神雷神図屏風」の違いや特徴は知らなかったので大変おもしろく見させて頂いた.

それぞれを鑑賞する機会があった時にはよく注意してみたい.

さすがに並べてみることはよっぽどの展覧会がない限り無理があるであろうから,ちょっと見ただけではとても気づかなかったことであろう.

ちなみに宗達の「風神雷神図屏風」は昨年の特別展栄西と建仁寺(感想はこちら→)で鑑賞させて頂いた.


ところで,今年は琳派発祥400年にあたるらしい.

各地で様々な催しが行われるということだが,その催しの一つにいそいそと出かけた.

琳派400年記念―箱根“琳派”の誕生― 岡田美術館所蔵 琳派名品展 ~知られざる名作初公開~である.

もたもたしているうちに終わってしまったが,感想を記しておきたい.

場所は日本橋三越本店 新館7階ギャラリーである.

こちらのギャラリーを利用させていただくのは初めてである.

昔はデパートでも美術展など行われていたが,最近はすっかりなくなってしまったと思っていた.

三越はまだまだ体力に余裕があるのであろう.

今後も楽しみである.

さて,ずいぶん前置きが長くなってしまったが,印象にのこった作品の感想を以下に記しておく.


柳橋水車図屏風

柳と水面を除けばすべて金泥,金箔,金砂子である.

柳や水面も黒色に近い色使いで,パッと見は黒と金の世界であり,かなりインパクトがあった.

解説にもあったが柳,橋,水車の取り合わせはやはり宇治,特に源氏物語宇治十帖を思い出してしまう.

作者及び作成集団は判明していないそうなので,解明が期待される.


菊図屏風 尾形光琳

画面には白菊の花,茎の緑と黒,そして白い地面と背景の金のみの彩色で,あとは空間と菊の配置というデザインである.

どうしても光琳の「燕子花図屏風」を思い出してしまうところである.

ただし,菊の花弁は一枚一枚,胡粉でもりあげて描かれており,多少のデフォルメを感じる「燕子花図屏風」とは異なっているように思われる.


夕顔・楓図 尾形乾山

尾形乾山といえば,光琳の弟で特に陶工として有名だったはずだが,こちらは図である.

しかし,工芸品で見かける乾山の絵の作風となんら変わりないように見受けられる.

深く考えたことはなかったが,このデフォルメしたような乾山の作風は光琳の影響だろうか.

光琳が乾山のために作った植物の書き方をまとめたもの(見本だったかもしれない)を見たことがあるから,間違いないとは思うが.


白梅図 酒井抱一

まさに「光琳梅」という作品である.

枝はたらしこみで描かれており,まさに「琳派」という作品だと思う.

光琳へのリスペクトを感じる.


風神図 酒井抱一

この風神図はもちろん昨夜の「美の巨人たち」で取り上げられたものではないが,宗達または光琳の「風神雷神図屏風」を模写したものの一つだろう.

しかし,「美の巨人たち」によれば,抱一の図屏風は衣装が金装飾などで華やかになっており,雲が風に吹き散らされているようなところが特徴とされていたが,この風神図ではそのようなところは感じられない.

この「風神図」に伴われていた,「雷神図」は見つかっていないということであるが,見つかればどのような意図で作成されてか分かるのであろうか.


桜図 酒井抱一

桜の枝はたらしこみで描かれており,「琳派」らしい.

しかし,桜の花や葉は繊細に詳細に描かれており,抱一らしいと感じさせてくれる.

抱一の作品は夏草,秋草を目にする機会が多いが,春の花もいいものだ.

どちらかというと春の方が好みである.


木蓮小禽図 鈴木其一

枝が淡く描かれているせいか,木蓮の花に力を感じた.

解説にあるように表情豊かに描かれているせいだろうか.

この力は「燕子花図屏風」にも感じられたのだが,色彩は非常に落ち着いたトーンで派手なところは全くないし,サイズも一幅しかないのに不思議である.


名月に秋草図 鈴木其一

この作品にはショックを受けた.

大変に私の好みである.

正直,琳派好きながら,琳派の描く夏草,秋草図はいまいち好きになれなかった.

三幅のうち中央に満月と空のみ配置しているおかげで強烈に遠近感を感じる.

この遠近感を空と地面の淡い色で,そして秋草もくっきりと繊細に描かれることで

助けているのだろう.

なんにせよ構図がこの図の勝因である.

本当に素晴らしいものを見せて頂いた.


燕子花図屏風 神坂雪佳

光琳の「燕子花図屏風」に影響を受けたことは間違いない.

サイズは屏風としては小ぶりである.

他の作品を見ながら思うことではないがやはり光琳の「燕子花図屏風」が自分にとってはNo.1であることを再認識した.


初月屏風 加山又造

この作品の良し悪しはよく分からない.

ただ,この展示会の中で一番力を感じさせてくれる作品であった.

どこに展示されていても素通りできる作品ではない.

ただ,素人にはどのあたりが琳派らしいのかよく分からないところが残念である.


以上が私の印象に残った作品である.

この他にも乾山のやきものや光琳図案の蒔絵などの工芸品も多数出品されていた.


この展示会を通して,酒井抱一と鈴木其一の素晴らしさを認識させて頂いた.

本当にありがたい話である.

余談だが,インターネットで酒井抱一と鈴木其一と他の作品を探してみてショックを受けた作品がある.

鈴木其一の「朝顔図屏風」だ.

インターネットでこれほどの衝撃なのだから,本物ならばどれほどだろうと思う.

いつか日本で展示してもらえないだろうか.

実際には行った方が早いのかもしれない.

とりあえずは春の「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」を楽しみにしよう.


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by Allegro-nontroppo | 2015-02-08 20:45 | 博物館