第29回~31回 万葉古代学東京講座

29回~31回の万葉古代学東京講座を受講した.

以下に今後,万葉集,懐風藻,日本書紀,そして古今和歌集を読んでいく際に気を付けたいポイントをメモしておく.


第29回 「万葉歌と懐風藻」

講師:大谷 歩 氏(奈良県立万葉文化館 主任技師)

懐風藻について

・万葉集より先に成立している

・作者には僧侶や渡来系氏族(大陸系移民)の氏族が多くいることが特徴

・天智朝においては置醴の遊びが開かれていた(君臣和楽)

・葛野王「鶯梅」の表現…中国では見られない表現が創造され,和歌へと波及していく(万葉集 春秋判別歌:漢詩の宴で詠まれた?)

・良辰,美景,賞心,楽事の詩の理念

・謝霊運…懐風藻に影響を与えた


第30回 「万葉集と日本書紀」

講師:井上 さやか 氏(奈良県立万葉文化館 主任研究員)

・万葉集の左注には日本書紀(日本紀,紀)の引用がみられる(17例)

・引用は巻一と巻二のみである

・日本書紀を検ふるor案ふると記載されている場合はやや詳しく書かれている.

・左注には疑問も書かれており,歌が構成された時代と左注が書かれた時代が異なっている可能性が高い(作者の違い)

・朱鳥六年,朱鳥七年は日本書紀にない年号であるため,左注作者は現存の日本書紀とは異なる「日本書紀」を閲覧していた可能性がある.

・左注には伊予国風土記逸文を参照したと思われる形跡あり(五番,六番歌)


第31回 「万葉集と古今和歌集」

講師:小倉 久美子 氏(奈良県立万葉文化館 主任研究員)

歌語「藤衣」の変遷

・柳田圀男「木綿以前のこと」によると,古代の「フヂ」は葛類全体の総称であった.蹴鞠のあそびで履く袴は必ず葛布であった.

・万葉集での「藤衣」は海女の着物であった(水はけがよい).このイメージは後撰和歌集にも継続された

・古代では荒栲の布衣が「卑」とされたが,他は植物性でも丁寧に作られれば「尊」であった(正倉院に葛布半臂一領が納められていたことが「申所盗物事」より分かる.他,御堂関白記の相撲長の衣や中右記の華やかなお土産などにも葛衣・葛布が使用されていた).

・高市皇子の挽歌や令集解には喪服は「白」であれば素材は問わないことが分かる

・古今和歌集八四一番歌で藤衣が喪服として詠われている

・西宮記では素服(喪服)は鈍色の貲布と記載されており,変化している

・万葉集一五九番歌では荒く織った衣で悲しい気持ちを表現している

・古今和歌集の時代でも実際には喪服としては麻の衣を着ていたが,歌の表現として藤衣を使ったか

・藤衣から喪に服している状態を藤の花と表現するようになっていったか


懐風藻に関してはなかなか勉強できるチャンスも資料も少ないので本当にいい経験になったと思う.

実は,万葉集を勉強してみようとしているところなのでこれからの勉強の中での注目ポイントが分かってよかった.

次回は夕星万葉講座をまとめたい.


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by Allegro-nontroppo | 2016-07-05 02:05 | 講演会,シンポジウムなど
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