吉野への旅 二日目 ~大峰奥駈道と吉野山~

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さて二日目である.

二日目はいろいろ見て廻ったのでそれぞれ項目を立てる.


二日目

金峯山寺 蔵王堂

まず,朝ごはんの前に蔵王堂での「朝の勤行」に参加させて頂いた.

朝は空気も澄んでいて気持ちがよい.

「朝の勤行」でも蔵王権現様はお出ましである.

これで,朝昼晩,それぞれに権現様にお会いできたことになる.


櫻本坊

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大海人皇子が天智天皇の死の直前に吉野で出家していたころ,夢で満開の桜が咲いており,朝目覚めると冬だというのに一本の桜が満開であったという伝説の場所である.

つまり,この出来事が吉野山で起こったことならば,吉野山に吉野離宮日雄殿が存在したかもしれないということになる.

寺院内には「日雄殿」の額縁もあったし,御朱印も「日雄殿」であった.

非常に興味深い.


善福寺

吉野山にありながら,高野山真言宗のお寺とのこと.

弘法大師も吉野山で修業していたというし,そのつながりだろうか.

明治の廃仏毀釈でなにやら起きたようである.


井光井戸

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記紀の神武東征にて,吉野首・井光が出てきた井戸である.

善福寺の御住職にお願いして入れて頂くのだが,道が急でお借りした杖が非常に役に立った.

井光はしっぽがあり,光り輝きながら井戸から出てきたと記紀にはある.

この様子から井光は鉱山労働者であったのではないかと考えている.

現地を見ることができて本当に良かった.


金峰神社

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祭神は金山彦命で製鉄や鍛冶など金属の神さまである.

吉野山の寺社の中で最も高い場所にあるということは重要な神社と考えてよいのではないか.

鉱山労働者がこの地に祀ったと考えるのが妥当だと思うが.

金峰神社も世界遺産の神社である.


大峰奥駈道

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この道こそが吉野における修験道の聖地の根幹といえるであろう.

大峯山を縦走し熊野と吉野を結ぶ道(個人的には道とはとても言えない山場だと思うが)である.

今回の旅で訪れた,金峯神社―吉野水分神社―吉野山は大峰奥駈における修行の場である「靡」にあたるから,「大峰奥駈道」の一部を歩いたと言ってもよいと思う.

しかも金峯神社から下ったので順峯だ.

それはともかく,吉野と熊野を結ぶ意義は充分考えておきたい部分である.


高城山展望台

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私が吉野に行ったタイミングではこの高城山展望台の紅葉が最も色づいており美しかった.


吉野水分神社

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御祭神は水を司る天之水分大神である.

社殿に特徴があり,どこか大分県の「宇佐神宮」を思い出す.

この神社については過去ブログ記事を参照頂きたい.

非常に意味深な神社だと思う.

ちなみに水銀のことを古来の大和言葉では「みづかね」と呼んでいたことを付け加えたい.


花矢倉展望台

一番最初の写真がここから撮影したものである.
ここからの蔵王堂を見下ろす光景はポスターなどにも使われているようである.

まるで空から見下ろしているようだ.


如意輪寺・塔尾陵

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浄土宗の寺で,山号は塔尾山とのこと.

少し上に上ると後醍醐天皇の塔尾陵(写真)と世泰親王墓がある.

後醍醐天皇は京に戻ることを望みながら亡くなったために歴代天皇では唯一,北面で葬られているらしい.

この北面の状態がうまく想像がつかないのがもどかしい.


勝手神社と袖振山

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社殿は焼失しているので跡地ということになる.

背後にそびえる袖振山(写真)は大海人皇子が琴を爪弾くと天女が降りてきたとされる地で,宮中行事の五節の舞の起源となったという.

柘枝仙媛といい,吉野には神仙境にふさわしい天女伝説があるものだ.


大日寺

大海人皇子ゆかりの吉野山最古の寺と伝わっているそうだ.

どうやら日雄寺の跡らしい.

吉野離宮日雄殿につながるお寺であろうか.


吉水神社

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元は金峯山寺傘下の僧坊であったそうだが,廃仏毀釈の影響で現在は神社となっている.

御祭神は後醍醐天皇である.

こちらでは兄・頼朝より追われて落ち延びた源義経が愛妾・静御前や弁慶と共に滞在した部屋がそのまま残されている.

さらに一時期,南朝の朝廷が置かれていたとのことで後醍醐天皇の玉座の間がある.

特に玉座の間は通常,御所の玉座を見ることは叶わないので興味深く拝観させて頂いた.


この後,東南院で手を合わせてから宿に戻った.

完全な山道でほとんど下りではあったが,なかなかつらいものがあった.

運動不足をひしひしと感じる.

それはそれとして,非常に面白い旅であった.


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by Allegro-nontroppo | 2014-11-26 20:11 | 旅行記
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