大和三山 男か女か ー万葉集 巻一 十三~十五番歌からー

夕星万葉 「万葉集」巻一 斉明天皇代③を受講した.

講師は奈良県立万葉文化館主任研究員 小倉久美子氏である.

この講座はシリーズもので,前回の受講記事はこちらである.

f0305926_18335588.jpg


中大兄(近江宮に天の下知らしめしし天皇)の三山の歌一首


十三番歌

香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき 神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき


反歌

十四番歌

香具山と耳梨山とあひし時立ちて見に来し印南国原


十五番歌

わたつみの豊旗雲に入日射し今夜の月夜さやけかりこそ


「右の一首の歌は,今案ふるに反歌に似ず.ただ,旧本にこの歌を以ちて反歌に載す.故に今なほこの次に載す.」また紀に曰はく「天豊財重日足姫天皇の先の四年乙巳に天皇を立てて皇太子となす」といへり.


今回も
雑歌(旅の歌など公の場で歌われた歌)である.

タイトルや左注によれば,中大兄皇子(後の天智天皇)が皇太子時代に作った歌である.


今回のタイトルでは「中大兄」となっており,「皇子」とは書かれていない.

「大兄」は皇位継承権の一番高い人につけられる名前とみられ,日本書紀 舒明天皇二年(六三0年)条にも例が見られる.

また,日本書紀 皇極天皇四年(六四五年)六月では「中大兄」となっており,「皇子」と書かれていないことが分かるので,今回のタイトルが特別な例というわけではない.


十三,十四,十五番歌は三山=大和三山の歌ということで,歌に詠みこまれているが,この三山の性別がそれぞれどちらなのか,まだはっきり分かっていないということである.


例えば十三番歌の「ををしと」の意味が「雄々しいと」であれば,香具山=女耳梨山=男畝火山=男となる.

この説は「萬葉集註釈(仙覚抄)」(鎌倉時代)からの説である.


また,「ををしと」の意味が「を惜しと」であれば,香具山=男耳梨山=男畝火山=女となる.

これは折口信夫の説だ.

「ををしと」の原文は「雄男志等」であるので一見,仙覚の説が正しいように思えるが,万葉集巻第六・九三五番歌にも「雄」を助詞として使用している例がある.

また,万葉集巻第五・八九三番歌十・二三0三番歌では十三番歌と同じように助詞の「を」の後に形容詞が来ている.

さらに,万葉集巻八・一五八一番歌には「惜し」の例も見られる.

以上のことを折口信夫は自説の根拠としている.


このような説がある中で小倉氏によれば,十三番歌で「かくにあるらし」とあるために,すでに流布されている物語があったと考えられることから,歌の読み方のみを議論しても仕方ないと考えておられるそうだ.

そこで大和三山が出てくる当時の物語を調べてみると「播磨国風土記」が挙げられる.

「播磨国風土記」揖保郡では三山が「相闘ふ」とあるため,香具山=男耳梨山=男畝火山=男となる.

「住吉大社神代記」では,為奈川と武庫川の女神二柱が霊男神人を巡って争う話がある.

これを参考にすれば,香具山=女耳梨山=女畝火山=男となる.

以上四つの説のうち有力なのは仙覚説折口説ではあるらしい.


反歌は長歌で言い足りなかったことや長歌の内容を圧縮した内容の歌にあたるという.


十四番歌は「あひし」「争う」という意味ととれば,
香具山=男耳梨山=男となる.

「あひし」「会う」と言う意味にとれば,香具山=女耳梨山=男となる.

この十四番歌もやはり性別は確定していないということだ.

ところで十四番歌にでてくる「印南国原」であるが,「播磨国風土記」揖保郡を参照している節があるらしい.

ただし,「印南国原」は当時の印南郡,賀古郡,明石郡周辺の海岸を指しているため,揖保郡とは位置がずれている.

中大兄皇子は斉明天皇の西征の際,播磨国「印南国原」沿岸を通って同行しているため,この時に詠んだ歌と思われる.

西征がうまくいくよう,播磨国風土記に登場する「阿菩の大神」への祈りをこめた歌である.


十五番歌は名句として知られている.

まず,「豊旗雲」「祥瑞」の一種で「慶雲」である.

「入日射し」の部分は「入日見し」ではないかという説もあるとのことである.

「入日射し」であれば,未来を願う意味になる.

「入日見し」であれば既に過去となっているので,真っ暗な中でこの歌を詠ったことになる.

また「さやけかりこそ」の部分もいろいろな説があるらしい.

月は「明る」「清む」とは言わない.

最も多いのが「照」でその他に「さやけ」「きよく照る」がある.

「さやけ」=はっきりとで「きよく照る」=清浄なという意味があるが,どちらにしても歌の本意は大きく変わらない.


左注についてであるが,ここでは十五番歌は大和三山について詠ったものではないために反歌でないのではないかという編者の意見が記載されている.旧本には反歌として載せられていたようである.


追記としては,「香具山」は平安時代には「高山」と記載されていた.

これは「高」を中国では「カウ」「カク」と読んでいたようで,「高山」と書いて「カグヤマ」と読んでいたようである.


以上が講座の内容であったが,万葉集は奥が深いとしみじみ感じさせられた.

と同時に独学でどこまで勉強できるか心配である.

とにかく万葉集を読むところから始めるか.


[PR]
by Allegro-nontroppo | 2014-07-25 19:56 | 講演会,シンポジウムなど
<< 「大和を掘る32 -2013年... 雷丘の宮殿 ー万葉集 巻第3の... >>