万葉集 九~十二番歌

f0305926_18335588.jpg
夕星万葉に参加した.

演題は「万葉集」巻一 斉明天皇代② 9~12番歌である.

講師は「奈良県立万葉文化館 主任研究員」の竹本晃氏である.

九番歌

紀の温泉に幸しし時に,額田王の作れる歌

莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣わが背子がい立たせりけむ厳橿が本

莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣我が愛しい背の君がお立ちになっていただろう,あの神聖な橿の木の下.

まず,題詞から,斉明天皇の紀伊行幸(6581015日~翌年1月3日)の際に額田王が詠んだ歌ということが分かる(これは1012番歌も同様である).

額田王は鏡王の娘で,大海人皇子(後の天武天皇)との間に十市皇女(大友皇子妃)を生んだ女性であると日本書紀に記されている.

「皇女」という敬称は天皇の娘に与えれれるものであり,孫以上に天皇から血筋が離れてしまえば,敬称は「王」となる.

明確に女性であるということを記したいときには「姫王」と記す.

以上のことから,額田王は何世代も前の天皇の血は引いていることになる.


余談ではあるが万葉集の9194489番歌の作者である鏡王女との関係にいろいろな説があるとのことだ.

問題は当時「王女」という単語はなかったということである.

しかし,「皇女」の略としては使用されていたが「鏡皇女」なる人物はいなかったということである.

「鏡王女」は「鏡女王」の誤写であるという説や「鏡王の娘」という意味という説があるという.

もしも,「鏡王女」が「鏡王の娘」という意味であるならば,「鏡王女」=「額田王」の可能性もあるということらしい.


九番歌に話を戻す.

この歌の解釈については30種類以上の説があるということだが,それ故に定説となっているものもない.


莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣

夕月のあふきてとひし(仙覚)

紀の国の山越えてゆけ(賀茂真淵)

香久山の国見さやけみ(荒木田久老)

静まりし浦浪さわく(澤瀉久考)

などがあるということだが,強引な部分も多いようだ.


後半部については以下の通りである.

わが背子立たせりけむ厳橿が本

背子→親族を含む,親しい男性に向けての呼称.作者が額田王であることを踏まえると,大海人皇子または鏡王か?

→接頭語:なくてもよい.語調を整える.

→尊敬

→「神聖な」の意

厳橿が本→日本書紀にも見られる表現.

     是を以ちて,倭姫命,天照大神を以ちて磯城の厳橿が本に鎮め坐せて祀る.


十~十二番歌

中皇命の,紀の温泉に往しし時の御歌


君が代もわが代も知るや磐代の岡の草根をいざ結びてな

あなたの命も私の命も支配していることよ.この磐代の岡の草を,さあ結びましょう.


わが背子は仮廬作らす草無くは小松が下の草を刈さね

いとしいあの方が一夜の宿りを作っていらっしゃる.葺草がなかったら,小松の下の草をお刈りなさいな.


わが欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉そ拾わぬ

私のみたいと思っていた野島は,見せてくださいました.しかし,まだ,海の底深い阿胡根の浦の珠は拾っておりません.


或る歌に云はく,わが欲りし子島は見しを


右は,山上憶良大夫の類聚歌林を検ふるに曰はく「天皇の御製歌云々」といへり.


十~十二番歌は3首まとめて一つの題詞がつけられている.

この題詞にある「中皇命」が誰かということは分かってないということだ.

説としては以下の3人が挙げられている.

・間人皇女(孝徳天皇の皇后,中大兄皇子の妹)

・斉明天皇

 →取り次ぎ説.間人皇女説には及ばない.

・中大兄皇子

 →「命」…後皇子尊などと比較し,敬称とする.

 →「皇」…「長屋皇」,「聖徳皇」より,「中皇命(ナカツミコノミコト)」と読んだ.

 →大兄は皇位継承候補者の呼称ではないか(大兄制)…ナカツミコ(直木孝次郎説)

問題は十~十二番歌が女性作と思われること.

左注を根拠に代作説(斉明天皇)で乗り切る.

直木孝次郎説は新しいものなので今後,他の研究者たちの検討がなされるだろうとのことであった.


十番歌

君が代もわが代も磐代の岡の草根をいざ
君が代も
→君之齒母:年歯・年端→年齢→寿命

知る→支配する

磐代の岡の草根→有間皇子の歌にも似たようなフレーズがある.(有間皇子はこの行幸中に殺されている)

結び→記憶・標識・盟約などの心の結合の象徴として儀礼呪術の代表的行為とみなされた.

→今は漕ぎ出でな(8番歌)と同様.


この歌を間人皇后作とすると,君が代:斉明天皇,わが代:間人皇后となり,中大兄皇子作とすると,君が代:中大兄皇子,わが代:斉明天皇となるとのことだった.


十一番歌

わが背子仮廬作ら草無くは小松が下のを刈

わが背子→間人皇后作でも中大兄皇子作でもわが背子=中大兄皇子

仮廬→仮の宿り(建物).実際は宮殿である.

す,さ尊敬の助動詞.

屋根に葺く草.


行幸のために作られた仮廬(行宮)であるので,事前に完成していなければおかしい.

従って,実際の実景ではない.
(行宮は解体はするが,木材などはそのまま置いておくとのこと)

「小松が下の草」が繁茂している様子をみて詠んだ?


十二番歌

わが野島は見つ底深き阿胡根の浦のそ拾わ

欲り→欲る:今は欲すに変化した.見たいと思うの意味.

→過去助動詞.

→使役の助動詞.

→真珠.巻第133318歌に紀の国の鰒珠が出てくることから.当時の産地として有名なのは伊勢や伊豆(木簡から).

→打消の助動詞.


或る歌に云はく,わが欲りし子島は見しを

→似た歌に関する注記


三首まとめての左注

右は,山上憶良大夫の類聚歌林を検ふるに曰はく「天皇の御製歌云々」といへり.

大夫→敬称

類聚歌林→中身は全く分かっておらず,万葉集では巻1,29の全9例に引用されている.

正倉院文書の中の歌林がこれにあたるならば全7巻.

題詞と左注で作者が異なっている.

このような例は万葉集でよく見られる.


以上が今回の講義内容である.

万葉集に興味が出てきたところであったので,非常に参考になった.

また,次回も楽しみである.
なお,この講座で使用される訳や注釈は特に注意がない限りは小学館のものを採用しているとのことである.


[PR]
by Allegro-nontroppo | 2014-06-17 19:04 | 講演会,シンポジウムなど
<< 「法隆寺―祈りとかたち」@東京... 天宇受売と天照大神 >>