薬師寺建立の謎と悲劇の皇子

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2014年4月23日に古代ミステリー紀行  薬師寺建立の謎と悲劇の皇子という講座を受講した.
今回の講師は多田一臣氏.
画像は昨年訪れた本薬師寺跡の礎石である.

この講座はJR東海の「うましうるわし奈良」の一環で執り行われているということで,これまでの講座(こちらのページ)について調べてみると,抄録が作成されているようなので,今回も作成されることであろう.
ICレコーダーのようなものも設置されていた.
よって,今回はあまり詳しく書くつもりはない.

今回の講座について,一言で述べるならば,薬師寺とは大津皇子の怨霊鎮魂の寺であるということだ.
同様の寺としては法隆寺を挙げていた.
もちろん,これは梅原猛氏の著作「隠された十字架」によるものである.
こちらは,現在,読んでいる真っ最中であるのでいずれ感想など書けたら良いと思う.

講座を聞いての感想ではあるが「隠された十字架」にあるような法隆寺の性格と薬師寺の性格は違うのではないかと思う.
日本書紀や続日本紀の該当部分を読むに薬師寺は持統皇統の氏寺にあたる寺ではないかと思うのだ.
よって,性格的には藤原氏の氏寺である興福寺や蘇我氏の氏寺である飛鳥寺に近いと思う.
ただし,もしも持統皇統を祟る怨霊がいたならば,当然,氏寺としては怨霊の慰撫など行っただろうから,怨霊鎮魂とは一切無関係だとは言わない.
大津皇子は持統天皇らの陰謀で抹殺されたとみていいだろうから,怨霊となったとしても不思議ではない.
その関係で伝大津皇子座像や薬師寺縁起の記述などがあると推察される.
そもそも,大津皇子の怨霊鎮魂の寺であるとしたならば,平城京遷都の際,一緒に移転してきた理由が分からない.
怨霊鎮魂の寺は必ず,都に移設されなければならないとするならば,法隆寺は再建年代等の問題はあるが,結果的に平城京内に移転されていなければ筋が通らないだろう.
御存じの通り,法隆寺は聖徳太子の宮があったとされる斑鳩に今もある.

薬師寺は怨霊鎮魂の寺などと色付けされることが好きではないという話もあったが,ここでは否定の意見を述べてみたので問題ないかなと思う.

講座の内容に不満があるようにみえるかもしれないが,そんなことはない.
義淵僧正や五つの龍寺などについては恥ずかしながら全く知らなかった.
昨年,岡寺を訪れているというのに不覚である.
義淵僧正については今回の講座で説明も聞けたので時間があれば調べてみたいとは思う.

有意義な講座であったので,是非とも次回も受講したいものだが,今回定員以上の申し込みがあったということで,次回申し込みをしても,受講できるか分からない.
運よく受講できることを祈る.

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by Allegro-nontroppo | 2014-05-01 19:20 | 講演会,シンポジウムなど
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