伊勢・飛鳥・橿原旅行記 1日目 伊勢の神宮 旧殿拝観について

少々前の話になるが,2013年12月13日に伊勢に行ってきた.
2013年は遷宮の翌週にも参拝しているので,伊勢を訪れるのは2度目となる.
なぜ,同年に2度目の参拝をすることになったかというと,私個人の仕事のスケジュールがそう厳しいものではなくなったこと,それから旧殿拝観のためである.
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旧殿拝観では正宮の遷宮の後,落ち着いたころから翌年の3月末頃まで,遷宮を終えた正宮=旧殿を拝観できる.
ただし,特別参拝した人のみこの権利がある.
特別参拝については,過去の記事に記したのでここでは省略する.
特別参拝では何重もの囲に阻まれて決して見ることすらできない正宮(もちろん屋根や千木など一部は遠くからでも見えている)を旧殿とは言え,目の前で見ることができる貴重な機会である.
なお,今回の旧殿拝観は外宮で実施された.
これまでは,内宮でのみ実施されてきたようだが,外宮側からの要望もあり,外宮初の実施である.

今回の参拝では別宮や二見興玉神社などは,同年に参拝済みであるから参拝しなかった.
ちなみに写真は旧殿の南板垣御門の外から撮影したものである.
以下に詳細を記す.






旧殿拝観ではまず,特別参拝を済ませたあと宮司さまに旧殿拝観への入口を示して頂く.
道は現在の新正宮をぐるりと回って,旧殿の裏門から入れるように作られている.
ちょうど旧殿正宮のま裏に出るように作られている.
正宮の形としては「せんぐう館」で見た模型と変わりないように見える.
気になる「心御柱」は囲いに覆われて見ることはできなかったが,隙間から樹木の葉のようなものが見えた.
この樹木の高さは近づいて見ることはできないので判然とはしないが,1 mは超えているように見えた.
この樹木は文献に従えば榊ということになろうが,種類が特定できるほどはっきり見えるものでもない.
また,「心御柱」が囲いの中央に位置しているとなると,「心御柱」事体は正宮の後方よりに位置していることになる.
ここで,同旧殿の東宝殿は間近でみることができたのだが,「心御柱」と同位置に存在している中央の柱は,建物自体から完全に切り離されており,地面から支えるだけのもので,とても柱とは言えないものであった.
また,このような様子であるのは,この中央の柱のみである.
この柱は正宮と一体とはなっていない,何か別の存在が神宮を支えていることを暗喩しているように思える.
もしも,これが「心御柱」の原型となったならば私が以前の記事で展開した仮説も真実味を帯びてくるような気がする.
他に特筆すべきこととして,千木は屋根を支えてはおらず,完全に装飾であったことだろうか.

この後,内宮を特別参拝させて頂いた後,奈良へ向かった.
奈良を訪れたいと思ったのは神宮に関する資料を読むうえで,日本書紀の重要性を痛感したこともあり,是非とも編纂された地を訪れてみたいと思ったからである.

奈良では,この日最後の訪問地として談山神社を訪れた.
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この地は大化の改新の際に中大兄皇子と中臣鎌足が密談をしたことで有名である.
また,この鎌足を弔うために鎌足の長男である定恵がこの地に改葬したということでも知られているが,この点はおかしな部分もあるので時間ができればいろいろ調べてみたい部分ではある.

この日の夕飯は飛鳥鍋を頂いた.
牛乳ベースのスープで臭みがないか心配ではあったが非常においしく頂けた.

翌日は飛鳥へ向かったのだが,その辺はまた次回.



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by Allegro-nontroppo | 2014-04-21 19:52 | 旅行記
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