伊勢から春日へ

随分,久しぶりの投稿となってしまった.
このブログは日記ではないのでコンスタントに投稿する必要はないと
思っているが,本来なら投稿するべき出来事があったのに,
投稿できていないのだから問題である.
これについてはまとめて投稿したいと思っている.

昨日は「春日大社第六十次式年造替記念シンポジウム  伊勢から春日へ」に参加してきた.
このシンポジウムは事前に参加申し込みする必要があったのだが,
予定人数を上回る申込者がいたようだ.
主催者様のご配慮で皆,参加できるよう調整してくださったらしい.
抽選となれば必ず外れる人間なので,非常にありがたい.






さて,実際の内容であるが,基本的には来年に迫った春日大社の
式年造替について,昨年の神宮遷宮の話を交えながら
基礎知識を得るといったところであったと思う.

開会式では奈良県知事が神宮と奈良について軽く紹介した.

その後,第一部では神宮大宮司 鷹司尚武氏の講演であった.
神宮遷宮について,また終えての(別宮は残っているが)感想についてのご講演であった.

第二部では春日大社宮司 花山院 弘匡氏のご講演であった.
式年造替とは,遷宮のように全てを作り変えるわけではなく,
大掛かりな修理でリフォームととらえると分かりやすい.
上賀茂神社,下鴨神社も行っている.
そもそも,春日大社も遷宮の形式をとっていたが,世界遺産に登録されたことでこのような形となったらしい.
歴史的にみれば,神宮につづいて二番目に長いということであるが,出雲大社より長いということであろうか?
確認が必要である.
春日大社も神宮と同様,昔は私幣禁断であった.
そのようなこともあり,現在,春日大社では祝詞に必ず,東北復興の祈りを付け加えている.
(後に神宮でも同様であることを神宮大宮司様が付け加えていらっしゃった)
また,春日大社は出来事の年月日が正確に記録されて残されているということである.
例えば ,710年2月1日に春日大社ではある祈願を行っている.
「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
上記の歌で有名な遣唐使 阿部仲麻呂らの無事を祈って行われたもので,
その後,摂津より出航したらしい.
最後にご近所の東大寺,興福寺がそれぞれ幾度か焼き討ちにあっているけれども,
春日大社は一度も焼き討ちに合っていない.
ここに日本人の意識を感じるとおっしゃっていた.

今回はここまで.
続きは次回.








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by Allegro-nontroppo | 2014-04-07 20:07 | アマテラスと伊勢
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