アマテラス及び神宮考 -おまけ-

今回はタイトルにおまけと入れてみた。
今までの記事とは少し毛色が違っているし、短い記事になりそうだからである。

 倭姫命巡幸について、何か意味があるのであろうと思っていたが、なかなか理由を思いつかなかった。
遷座地を探して何年もの間、神を抱き流浪の旅に出ているのだ。
「この神風の伊勢の国は、常世の波の重浪よする国なり。傍国のうまし国なり。この国に居らんと欲う。」
真実を確かめるすべはないが、そのような神託があるまでどれだけの苦労があったことだろう。
一番現実的な問題としては資金調達がある。
一体、どこから資金を得ていたのか、そしてそこまでする意味とは何だろうか。

 そんなとき、ふと、ふたつの地図を並べてみた。
 手作りで申し訳ないが、以下の地図をご覧頂きたい。

f0305926_20200924.jpg

 倭姫命巡幸と倭健命の東征地図の一部である。
今回、倭健命の東征の熱田以降の経路は省いている。
  
 この二つの経路は、全く同じ場所を通っているとは言えない。
しかし、似たような範囲を動き回っているような気がする。
 そこでふと思ったのが、倭姫命巡幸は後の倭健命の東征の偵察または先遣であったのではないだろうか。

 当時の状況として、大和朝廷は豪族たちの頂点には達していたが、それは巨大な力を有していただけという状態で、唯一無二の存在というわけではなかった。
かなり、後の話になるが、第二十六代継体天皇などは王朝交代説がささやかれているほどである。
とにかく、当時から後も戦や反乱が起きていくわけで、大和朝廷は決して安泰な立場ではなかったのだ。
 そのような大和朝廷としてはもちろん、東征の必要性は感じていただろうし、近い将来の予感もあったであろう。
そこで、大和の中だけでも状況の把握をするために、倭姫命に各地を回らせたのではないか。
そうであれば、大和朝廷が資金提供する理由も明らかである。
ちなみにこの場合の大和の東の果ては伊勢だろう。
アマテラスの神託「この神風の伊勢の国は、常世の波の重浪よする国なり。傍国のうまし国なり。この国に居らんと欲う。」に伊勢は常世との境で傍国とはっきり書いてある。
話を元に戻すが、この巡幸の意図が偵察または先遣であった場合、倭姫命ではなく、別の人物が実施したものが、ごっちゃになり、今のような形になってしまった可能性も否定できない。

 当時の街道の数はあまり多くなかったと推測されるから、近くを通っただけとも言えるかもしれないが、 私も確たる意見もできないので、今後、何か発見があることを期待する。
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-12-01 20:28 | アマテラスと伊勢
<< メタノールとあれやこれ アマテラス及び神宮考⑫ -珍説... >>