アマテラス及び神宮考⑦ -伊勢地方の信仰-

今回は伊勢周辺の信仰について見ていきたい。 現代の伊勢地方において、その信仰の中心は神宮と考えてもよいだろう。
しかし、神宮に祀られていない神々や神宮125社以外にも神社がある。
また、記紀に記載されない伊勢国風土記のエピソードも存在している。
これらは多少なりとも、神宮に影響を与えていることは否定できないだろう。
そこで、特に伊勢地方に影響を与えていると思われる四柱の神々を見ていきたいと思う。



その前に考古学的観点から伊勢地方を見ていきたい。
 伊勢地方は近年の発掘調査により予想されるより後世の堆積が進んでいることから、古い時代の集落の発見を困難にしている。
とはいえ、豊受大神宮近傍の隠岡遺跡では弥生後期集落や皇大神宮近傍の桶子遺跡では弥生末の突線鈕銅鐸の破片が採取されていることにより、弥生後期には一定の開発が進んでいたと思われる。
豊受大神宮周辺では列島でも屈指の横穴式石室をもつ高倉山古墳がある。
この古墳は6世紀末から7世紀末に築造され、直刀、馬具、三輪玉等が出土している。
皇大神宮周辺は古くから滑石製模造品が出土しており、五世紀代のかなり大規模な祭祀場として出発しているようだ。
また、その地形と古来の祭祀場の特性を比較すると、現在の皇大神宮「荒祭宮」周辺が元来の最も古い祭祀場ではないかとする説もある。

 とにかく、伊勢地方の考古学的見地は今後の発掘調査に期待するとして、神々や民俗学の方面を確認していきたい。
ここでは四柱の神々についてとりあげる。


 まずはサルタヒコである。
サルタヒコを祀る神社の総本社は鈴鹿市の椿大神社または都波岐神社である。
また、夫婦岩で有名な二見興玉神社の御祭神も猿田彦であり、内宮近くにも、その名も猿田彦神社が鎮座している。
サルタヒコは記紀において、天孫降臨の段に登場する。

記紀におけるサルタヒコの概要
 ニニギが天降りする際に、天の八衢で上は高天原、下は葦原中国を照らしている神がいた。
この神は鼻の長さ七握、背の高さ七尺余り、正に七尋であり、また口の端が明るく光っており、目は八咫鏡のようで照り輝いていることは、赤酸漿に似ていた。
そこで、アメノウズメに命じて問いただすと、「私は国津神で名はサルタヒコ神と申します。
天津神の御子が天降っておいでになると聞き、先導役を務めようと思って、お迎えに参りました」と申した。
また、「天神の御子は筑紫の日向の高千穂のくしふる峯に、私は伊勢の狭長田の五十鈴の川上に行くでしょう」と申した。
その後、ニニギはアメノウズメにサルタヒコの名を負い、彼を送るよう指示した。
そのサルタヒコは阿邪訶で漁をしているときひらぶ貝にその手を挟まれて溺れてしまった。
このとき、海に沈んでいる時の名は「底どく御魂」、泡粒となって昇る時の名は「つぶたつ御魂」、泡が水面で弾ける時の名は「あわさく御魂」という。
 サルタヒコを送って帰ってきて、アメノウズメはあらゆる魚を集めて天孫に御饌として仕えるかどうか尋ねた。
みな「仕える」と答えた中で海鼠だけが何も答えなかったので、アメノウズメは「この口は答えない口か」と言って、その口を小刀で裂いてしまった。 それで海鼠の口は裂けているのである。
 日本書紀ではフツヌシはオオナムチの推薦によって、サルタヒコを岐神として各地を平定したとある。

 サルタヒコは高天原や葦原中国を照らしていること、また、伊勢に帰り阿邪訶で漁をしていることから、伊勢土着の太陽神であることが指摘されている。
また、古代、鏡は太陽の分身と考えらており、さらにはアマテラスを象徴する八咫鏡のような目をもつことも太陽神である説を補強しているだろう。
天の八衢は天から降る道の辻の意味(岐も辻の意味)であり、このような場所は、人だけでなく神も往来する場所と考えられた。
神の中には悪神・悪霊もおり、これらの侵入を防ぐために祀られたのが岐神である。
さらに、各地の神事ではサルタヒコ役の者が先導し行列等が進む姿を見ることができる。
 この記述を見る限り、伊勢にはもともとサルタヒコという土着の神がいたがヤマトの勢力下に入り、また先遣役として、他地域の平定に関与した可能性もある。


 次はイセツヒコとアメノヒワケの二柱である。
この神々は記紀には記載がなく、風土記から存在が知れる。
イセツヒコを祀る神社は伊勢では見当たらず、またアメノヒワケも別神社の摂社などしか存在していないようだ。

伊勢国風土記の概要
 伊勢国は、天御中主尊の十二世の孫、天日別命が治めていた。
神武天皇は菟田の下縣に到ったとき、天日別命に天津の方の国を平定するよう指示し、標の劔を渡した。
天日別命が東に入ると神がおり、名を伊勢津彦と言った。
天日別命が「あなたの国を天孫に捧げるか」と問うと、伊勢津彦は「私はこの国に長く住んでいます。その命令は聞けません」と答えた。
そこで天日別命が兵をおこして伊勢津彦を殺そうとすると、「我が国を天孫に捧げます。私はここを去りましょう」と言った。
天日別命が「あなたが去ったことはどうすれば分かるか」と問うと「私は今夜、八風を起して海水を吹き、波浪(なみ)に乗って東に行きます。これであなたにも分かるでしょう」と言った。
天日別命が兵を整へて窺っていると、夜中に大風を四度起し、波をうちあげ、照り耀きて日のように陸も海も共に照らし、波に乗って東に行った。
古くから神風の伊勢国、常世の浪寄せる国というのはこのせいであろう。 (伊勢津彦は、近くの信濃国に住んだ)
天日別命がこの国を平定し、天皇に復命すると、ひどく喜ばれ、「国は国津神の名を取って伊勢とせよ」と言い、天日別命の領地とした。


 このエピソードは天津神=ヤマトのイセツヒコ=伊勢地方征服を表していると思われる。
イセツヒコはおそらく、殺されてしまっただろう。
イセツヒコが東に逃れる際に日のように照り輝いたということから、太陽神としての一面を表しているが、それと同様に大風を四度起こした点から、風神としての一面を表しているようだ。
気になるのは日のように陸も海も照らしたところだ。
海という漢字は天と同様、「アマ」とも読む。
海照大神から天照大神と変化したのではないかという説があるが、それを想起させるエピソードだ。
ここで天日別命は度会氏の祖先とも言われているが、私はこの度会氏は海人族と非常に関わりが深いと考えている。
海人族は太陽を信仰していたと言われているが、これも海照から天照への変化の根拠とされている。
そうなると、海人族(アメノヒワケ)と海人族(イセツヒコ)の争いがあったというように読める。
度会氏は豊受大神宮の神職の一族である。
度会氏はトヨウケビメを祀るが自らの祖先神であるアメノヒワケを祀っていないという奇妙な状態が出来上がっている。
 余談だが、イセツヒコが東、信濃へ去ったという点から、タケミナカタと同神ではないかとする説がある。
タケミナカタはオオクニヌシの息子であり、国譲りの際、諏訪に逃げさり、諏訪大社の祭神となったとあるが、出雲より逃げ去るよりも、伊勢より逃げ去ってきたと考えるほうが確かに現実的だ。


 最後の一柱はスサノオである。 伊勢地方では蘇民将来信仰が盛んである。

蘇民将来の概要
 ある時、ぼろぼろの身なりの旅人が宿を乞うたが、裕福な弟の巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした。
その夜、悪疫がやってくることを察知した旅人は蘇民に茅を刈り取らせ、丸く編み、疫病から蘇民と妻を守った。
翌朝、蘇民が村を確認すると、里の者たちは疫病に倒れてしまい、蘇民たちのみが助かったのを知った。
旅人は自分が牛頭天王であり、「蘇民将来子孫家門」の札を軒先に掲げておけば、災いから守られることを告げ旅立っていた。

 牛頭天王はスサノオと同一神であると言われている。
スサノオを主祭神とする神社で有名な八坂神社は6月末に巨大な茅の輪をくぐる「大祓式」が有名だが、これはもちろん蘇民将来からきているものであろう。
伊勢の蘇民将来信仰の拠点となる松下社の主祭神もスサノオであることから、ここで出てきた神はスサノオであるとみるのが正しいだろう。

 スサノオの高天原での様子は過去の記事(アマテラス及び神宮考① -記紀・神代とアマテラス-)で既にまとめてあるから割愛するとして、高天原追放後のスサノオについて下記にまとめておく。
 高天原にいたころと追放後のスサノオの様子はかなり印象が異なる。

記紀におけるスサノオの概要
 出雲に天降ったスサノオはヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたクシナダヒメを救うため、ヤマタノオロチに立ち向かい退治し、その尾から出てきた天叢雲剣(草薙剣)を天照御大神に献上する。
そして、クシナダヒメを妻に娶り、日本初の和歌と言われる「八雲たつ・・・」の和歌を詠むのだった。
その後は出雲の統治に尽力する姿が描かれている。

 この高天原追放後のスサノオのエピソードは記紀、日本神話の出雲神話の一部でありかなり有名なエピソードである。
スサノオを祭神とする有名な神社といえば、先ほども出てきた京都の八坂神社、武蔵一之宮の氷川神社であろうか。
さらに、出雲の熊野大社の祭神「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命」はスサノオの別名とされているが、この熊野大社の歴史は実は出雲大社より古く、古来は出雲中心の神社が熊野大社であったということだ。
 このようにスサノオは高天原追放前と後で性格が全く変わってしまっていることから、元来のエピソードや性格に何らかの操作が加えられていると思われる。
また、出雲神話で活躍する神である以上、明らかに国津神であり、天津神であるアマテラスやツクヨミとは本来、兄弟であったとは到底思えない。
そもそも誕生の瞬間より、アマテラスとツクヨミはイザナギの目から生まれているものの、スサノオは鼻から誕生しているのであり、これはスサノオが付け足されたという印象を受ける。
このようなスサノオが手に入れた天叢雲剣が、高天原のアマテラスに献上され、天孫降臨の際に天降ってくるのは何か因果を感じずにはいられない。

 以上が伊勢地方に影響を及ぼしているだろう神々である。
神宮にどのように関わりあっているのか考えていく必要があるであろう。
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by Allegro-nontroppo | 2013-11-20 19:32 | アマテラスと伊勢
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