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国立科学博物館の常設展

「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」を見に国立科学博物館へ出かけた際,日本館の常設展ものぞいてみた.


常設展の感想の前に購入した科博の情報誌milsilについて書いてみたいと思う.

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学生時代は微生物による有害物質の分解についても研究をしていたので,逆の微生物による有用物質の生成についてもよく耳にしていた.

従って,昨年ノーベル賞を受賞された大村智教授のニュースも興味深く観ていたのだが,この情報誌でも大村教授のインタビューを取り上げた号があるということで購入した.

いろいろ学生時代を思い出すのだが,大村教授ほどいつも研究のことを考えてはいなかったなとか指導教授任せではなく,積極的に動くべきだったなど後悔も多い.

それはともかく,情報誌やニュースを含めて大村教授がおっしゃっていたには変わった環境を狙って試料を採取していたということである.

私の学生時代もストレスのかかりそうな環境を狙って試料を採取していた.

その前提で常設展で興味をひいたのは超塩基性岩地の植物と石灰岩地の植物である.

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超塩基性岩地や石灰岩地(高カルシウム濃度)のような悪条件でどのようにして生育しているのであろう.

酵素による分解であろうか.

微生物ほどの速度で有効利用までもっていくのは難しいだろうが,今後の研究成果に期待したい.


他にも旧石器時代からの日本列島での生活に関する展示や

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骨格標本など

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目を引く展示があった.


たまには科学系博物館もよいものである.


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by Allegro-nontroppo | 2016-01-31 23:09 | 博物館

日本の科学者技術者展シリーズ第11回~「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」@国立科学博物館

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日本の科学者技術者展シリーズ第11回~「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」を見に国立科学博物館へ出かけた.

2016年初めて訪れる博物館である.

最後に科博を訪れたのは何年前だろうか,久しぶりである.


冲方丁著の天地明察は発売された年には購入し,読んだのだったと思う.

帯には時代小説と書かれていたように思うが,江戸時代を舞台としているとは言え,時代小説に括られる作品ではないように思われたが,読後感がよく,登場人物たちも魅力的な素晴らしい作品だと感じた.

最近は読んでいないので細かい部分は相当忘れてしまってはいるが….

また,昨年は青柳種信に興味深めたが,分野が異なるとはいえ,同じ江戸時代の学者である渋川春海との共通点などあるのではないかと考えて,出かけることにした.

以下概要である.


紙張子天球儀 渋川春海作

紙張子地球儀 渋川春海作

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渋川春海が自分の観測で得られた結果から作成した天球儀と地球儀ということになるのだろう.

完成したときにはどのような気持ちだったか想像したくなる.

天球儀は細かく星が記入されており,正確さは私には判別しようもないが緻密であろうとは思う.


蘇州天文図 拓本

天象列次之図 渋川春海作

天文分野之図 渋川春海作

天文成象 渋川昔伊作

蘇州天文図についてはキトラ古墳の天文図との比較などで映像をみたことがあるがかなり細かい.

自然科学の中で最も早く進歩を遂げたのは天文の分野だったのかもしれない.

蘇州天文図と比較できるように渋川春海が作成した天文図が並べられており,段々と改良されているのがよくわかる.


貞享暦 渋川春海著(写本)
渋川春海がついに完成させた日本で初めて作成された暦である.

やはり,天地明察を読んだものとしては感慨深い気持ちになる.

それはそれとして,日本における吉凶から政治に至るまで幅広い分野を支配していた暦がこの時代にきて初めて作成されたというのは暦作りが難しさもあるだろうが,暦が神聖視されていたのかもしれない.


森仁佐衛門作 望遠鏡

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とにかく大きい.

作れる限り大きいサイズで作成したのだろう.

どのくらい遠くまで観測することができるのだろうか.


渾天儀 藤広則作

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渾天儀の名は本などでよく見かけるのだが,実際どのようなものかよく想像できなかった.

実際に見ても使用方法はよく分からなかったが….

サイズが非常に大きいのは正確に測定できるようにだろうか.


垂揺球儀

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天体観測用の振子時計らしい.

想像以上にいろいろな機械が使われて,観測が進められていたようである.


岩崎家制作の望遠鏡
平天儀図解

この当時には望遠鏡の作成の得意な家もあった(岩崎家)ということである.
平天儀図解も岩崎家の著作である.

当時の発注数はどの程度だったのだろうか.


彗星略考 高橋景保著

彗星測記 間重新著

彗星測量簿

彗星の観測も細かく行われていたようである.

それぞれに細かく測定記録がつけられているようで当時の学術レベルが窺われる.


以上が,概要である.

この展覧会で取り上げられていた高橋至時には伊能忠敬が入門したということもあり,伊能忠敬と交流をもった青柳種信とのつながりも知れた.

分からないことばかりで感心するばかりであったが,楽しめた.


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by Allegro-nontroppo | 2016-01-24 19:54 | 博物館

水―神秘のかたち@サントリー美術館

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「水―神秘のかたち」を鑑賞にサントリー美術館に出かけた.

冬は寒いせいか,気分が欝々とすることが多いので家にじっとしているのはよくない.

年賀状も書いたし,大掃除も大体のところは終わってしまい,2015年にやっつけなければならない用事はとりあえず片づけたので,面白そうな展覧会はやっていないだろうかと調べてみた.

12月も26日となると,年内の開館を終了している博物館・美術館も多い.

サントリー美術館で「水―神秘のかたち」と題した展覧会が行われているのは知っていたが,展覧会の内容をよく知らなかったのでとりあえず,出かける予定はなかったが,今回よくよく調べて見たところ,とても面白そうである.

行ってみると,フレンドリートークというやさしい展示解説が行われている予定であるという.

せっかくなので,参加させていただいた.


以下,概要である.


流水文銅鐸

流水文が全体に配された銅鐸というものを初めて見た.

また,鰭部を立てて丁寧に埋納されていたという部分でも珍しいらしい.

埋納遺構と合わせて八尾市指定文化才に指定されているそうである.


日月山水図屏風

大阪の金剛寺の灌頂儀式で使用された屏風である.

山水はもちろんだが,右双には日や桜が描かれており,左双には月や雪が描かれている.

この風景はこの世ではありえない.

どのような意図でこの屏風を灌頂儀式で使用したのだろうか.


香水杓

東大寺の修二会,お水取りにまつわる遺物ということである.

香水杓はお水取りの際に参詣者に香水を分け与えるのに使用されたもので,鐃は音色で場を清浄に保ち結界とすることなどに使用されたそうである.

解説では水による供養の方法(仏教では水を閼伽と呼び,ほとけを供養するのに重んじられるそうだ)というように書かれていたが,個人的には大仏鋳造の際の水銀による金メッキ作業を表していると思う.


西行物語絵巻 巻第二

尾形光琳筆ということで,2015年最後の琳派鑑賞はこの作品となった.

これまで見てきた光琳の画風とは少し異なるように思うが,西行の表情は素晴らしいと思う.


十一面観音立像

奈良県・長谷寺の十一面観音像の模造で快慶の弟子,長快の作である.

方座の上に立ち,右手に錫杖を持つ十一面観音像を特に長谷寺式というのだそうである.

長谷寺には特に朝の勤行を見に行きたいと思っているが未だ叶わない.

いつか,この十一面観音像にも手を合わせたい.


長谷寺縁起絵巻 巻上

長谷寺縁起絵巻 巻中

近江国・白蓮華谷に蓮華が咲き良い香りと光を放つ巨大な倒木があったが,ある時,洪水で流出し漂着した先々で祟りを起こした.

大津の浦では木を切ると火災や疫病を起こし,大和国の八木や当麻ではこの巨木で仏像を造ろうとした人々にも害をなした.

徳道上人が夢のお告げに従い,十一面観音像を造らせ,その後にわかに起こった暴風雨で地中から金剛宝石座が出現し,その宝座の上に安置されたという.

以上が解説にあった長谷寺の草創縁起である.

寺の草創縁起は私の知る限りでは,天皇・皇族などの勅命であったり,仏教の布教のためにお坊様が創建したという話が多いように思う.

長谷寺の草創縁起は,神社の草創縁起によくみられるお話のように思える.

他に思いつく例外は清水寺であろうか.


弁才天立像

弁才天坐像

宇賀神像

弁才天坐像

宇賀神については弁才天や稲荷神との関係が示唆されるが,あまりピンときていなかった.

宇賀神は頭部は老翁,身は白蛇という姿で食物神(穀霊神)だそうである.

最初に造形化されたのが弁才天の頭には宇賀神を頂いている姿で今回の出陳品にも見られた.

弁才天と習合された証拠で特にこのような弁才天を宇賀弁才天というそうだ.

江島,竹生島,厳島,天川は弁才天の四大聖地されているが,江島では二臂像と八臂像の両方,竹生島と厳島では八臂像を中心に,天川では八臂像に加えて三面十臂像が祀られているという.

高野四社明神像では厳島神として弁才天が童子姿であらわされている.

この違いに意味があるのだろう,興味深い.


天川弁才天曼荼羅

蛇頭人身の三面十臂の弁才天を主尊とする曼荼羅である.

この曼荼羅に多数あらわされる宝珠は弁才天の持物であり,稲荷神(吒枳尼天)や龍王の象徴であり,かつ蛇は宇賀神との習合を思わせるそうである.

なぜ天川では三面十臂姿で弁才天があらわされたのか,修験道もからめて考察してみる必要があるだろう.


弁才天十五童子像(東京・根津美術館)

弁才天十五童子像(奈良・當麻寺)

頭部に宇賀神を頂く八臂の弁才天を中心とし,下方には十五童子が描かれている.

背後には山岳が描かれており,特に根津本では理源大師聖宝らしき僧形坐像,蔵王権現.前鬼後鬼を従えた役行者の姿があり,天川弁才天を表しているとされる.

天川弁才天は修験道の影響を受けていることは間違いないだろう.


琵琶

丹生都比売神社に奉納された琵琶である.

当社第四殿に厳島明神は琵琶を弾く弁財天にあらわされることがあるという.

天川と丹生都比売神社はそう離れていないように感じるが,厳島明神が祀られているというところにポイントがあるのだろう.


吉野御子守明神像

子守明神鏡像

子守三所明神鏡像

吉野水分神社の天之水分大神として,御子守明神または子守明神,子守三所明神をであらわしている.

こうしてみていると紀伊山周辺は水に対する信仰が弁才天や天之水分大神として根付いていることに気付く.

紀伊山系周辺には紀ノ川という大河があるためか,紀ノ川周辺以外では水が手に入りにくかったためか,それとも水とされる何か別なものがあったためか,考えさせられるところである.


大寺縁起絵巻 巻上

大寺とは大阪・堺市の開口神社境内にあった神宮寺の通称とのことである.

この絵巻は絵:土佐光起,詞:近衛基熙という素晴らしい絵巻であった.

開口神社といえば,昨年の旅で立ち寄らせていただいた.

神宮寺の形跡を探せばよかったと思う.


住吉物語絵巻 巻下

住よし物語

住吉物語は枕草子や源氏物語の中にも登場する最古の物語の一つではあるが,今伝わっているのは鎌倉時代初期の改作だそうである.

物語の概要を見る限りはシンデレラの日本版といったところである.

途中で姫君が住吉に身を隠したことから物語のタイトルがつけられたとされている

しかし,現在は長谷寺観音のご利益により,姫君が幸福になったとされているところが住吉明神の功徳であったところが改作されたためではないかという説もあるそうだ.

この問題は伊勢物語のタイトルの謎に通じるのかもしれない.

詳しく知りたいところである.


善女竜王像

宝珠の載る盤をもち,裙裾からは竜の尾がのぞいていることから,竜王であることは間違いない.

空海が神泉苑にて雨乞いを行ったときに出現した姿という.

その名前から女性の姿を想像していたが,男性の姿をしている.

実際に見てみなければ分からないものである.


倶利伽羅龍剣

請雨経法道場指図

倶利伽羅龍剣は弘法大師空海が神泉苑での雨乞いで用いた宝物という.

請雨経法道場指図は三宝院権僧正・勝覚を大阿闍梨として請雨経法を行った際の指図である.

雨乞いの儀式が国家プロジェクトとして執り行われ,それに関わる品々が今に伝えられているということからも,当時における重要性が感じられる.


春日龍珠箱

龍の持つ宝珠を納めた二重箱で外側の箱の蓋裏には貴人姿の八大竜王が,内側の箱の蓋裏には竜の姿の八大竜王がそれぞれの蓋裏と対応した構図で描かれている.

中世には春日信仰と龍神信仰が習合していたそうで,外箱には春日山や春日社の五神などが描かれていながら,室生寺に伝来したというから面白い.


宝珠台

一方は聖徳太子が勝鬘経を講ずる場面,もう一方は石清水八幡宮が描かれている.

宝珠と何かしら関係があるのだろうか,興味深い.


弘法大師御遺告

弘法大師空海が入定の六日前に門弟に授けた二十五個条の遺誡とされているが,現在は偽撰説が有力とのことである.

今回,出陳されているのは盛紹の書写したものである.

東寺の座主が如意宝珠を護持すべきことなどが書かれているそうで,偽撰であれば,内容から誰が何のためにこの弘法大師御遺告を作成したのかわかるかもしれない.


彦火々出見尊絵巻 巻下

海幸彦と山幸彦の神話が描かれている.

日本神話には他の神話の例にもれず,理不尽な話が多いけれども,個人的には一番理不尽ではないかと思う.

天稚彦図屏風

天稚彦物語絵巻 巻上

海龍王・天稚彦と長者の娘の婚姻譚を通して七夕の由来を物語っているそうである.

天稚彦というと,日本神話の大国主の娘と結婚した天国津玉神の子を思い出してしまうのだが,名前の他にも共通点があるのだろうか.


亀流水蒔絵湯桶

ここで描かれる亀は甲羅に藻が付いた蓑亀である.

藻が付くほど長い年月を生きた亀で神獣のように長寿のしるしとして喜ばれた図柄だそうで,この湯桶も結婚式のようなめでたい席で使用されたのではないかということである.

私は蓑亀のことを知らなかったが,きっと一般常識なのだろう.

勉強になる.


四天王寺住吉大社祭礼図屏風

四天王寺と住吉大社を一つの屏風に描いている.

住吉大社近くの住吉の浜では禊をする人が描かれていたり,四天王寺の亀井堂では亀の顔を象った流口から水が流れ出している.

このようなところから,それぞれの寺社の水に関する信仰が伺えるそうだ.

昨年の秋には両寺社を訪れたこともあり,ぞれぞれの寺社内の建物の配置が記憶通りか確かめてしまった.

四天王寺の亀井堂はよく見てこればよかった.

水が流れ出ていたとは思うが….
下写真は四天王寺の亀井堂である.

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以上が概要である.

この展覧会はノーチェックだったが,非常に勉強になったし興味深いことばかりで行けてよかったと思う.

サントリー美術館はこの展覧会の水の信仰のような面白いくくりでテーマを決めておられて,一味ちがった鑑賞ができるので楽しい.

松涛美術館と似ているだろうか.

2016年の展覧会も楽しみである.


追記

2015年末の上記訪問時に鈴木其一の朝顔図屏風についてスタッフの方にお尋ねさせていただいたが,まだ,詳細が決まっていないとのことであった.

あまりに嬉しくて開催して頂けることのお礼を述べさせていただいたから,テンションは高かったに違いない.

そもそも,お礼を言うような立場でも何でもないのだが.

既に,朝顔図屏風については質問等されている方が多くいるようで注目度は高いのだろう.


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by Allegro-nontroppo | 2016-01-12 00:40 | 博物館

特別展 「始皇帝と大兵馬俑」@東京国立博物館

あけましておめでとうございます.

昨年はゆるい頻度で更新を続けておりましたが,本年も頻度は変わらないと思います.

昨年同様、あたたかく見守っていただけるとありがたいです.

昨年の予告通り,特別展「始皇帝と大兵馬俑」から更新を始めます.


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特別展「始皇帝と大兵馬俑」を見に,東京国立博物館まで出かけた.

20151223日,東京国立博物館の2015年最後の開館日のことである.

そのような日だったので,混雑するのではないかと散々行くのをためらったが,私の周りは23日にクリスマスを行ったという人が多かったようで,自分が世間ズレしていることを思い知らされた.

それはともかく,人が多くて見えない出陳物があったなどということはなかったので,東京国立博物館にしては混雑してなかったのかもしれない.

さて,兵馬俑といえば,実物を見たことがなくても,写真や動画から受けるインパクトは非常に大きい.

また,始皇帝陵も世界三大巨大陵には数えられる規模である.

古墳や埴輪に関心のある私としては興味をそそられる特別展である.

会期が長いので,終了時期が早い展覧会から訪れていたため,やっと訪れることができたのであった.


以下,概要である.


南宮乎鐘, 秦公鐘

南宮乎鐘は西周時代に作成されたもので,秦公鐘は西周時代の鐘をまねて作成することで西周の後継者であることをアピールしようとしたそうである.

中国の歴史については非常にうといため,日本の歴史に当てはめて考えてみると,戦国時代の武将たちが,源氏の血統や平氏の血統をくむとアピールしていたのに似ているように思う.

権力者たちの考えることは一緒だ.


龍文透彫玉佩*, 玉觹*, 玉璋形器* , 玉璋形器*, 玉環, 玉璜, 玉佩

*印は秦で作成されたもので,印のないものは他の地域で作成されたと考えられているそうだ.

いずれも表面に文様が刻み込まれているが,秦で作成されたものは直線的であり,それに比べるとその他の地域で作成されたものは曲線を帯びている.

これも,西周の遺風を受け継いだものとのことで,最終的に秦が中華統一となったのも,ここに一つ要因がありはしまいかと思う.


(), 陶胎漆鼎(), 「工ちょう」鼎(中山国), 加彩陶鼎(), 灰陶鼎()

春秋戦国時代の各国の遺物が出陳されていたが,ここではあえて鼎に注目してみた.

鼎は祭祀儀礼の際に主に肉や魚を供えるのに用いられたとされる.

どれも鼎とはいえ,それぞれ違いがあって面白い.

例えば鼎といえば青銅器というイメージであったが,陶胎漆鼎,加彩陶鼎及び灰陶鼎はその名の通り陶製である.

周がかなり広い範囲を統治していたから,ある一定の文化を共有しているのだろうが,あまりに広い地域であったので地域ごとの個性が出てきたということだろうか.


蟠螭文鏡

卑弥呼の鏡として有名になった三角縁神獣鏡よりももっと古い鏡である.

細かい細工は三角縁神獣鏡から500600年も前に作成されたとはとても思えない.


獣面文金製金具, 獣面文金製金具, 鴨形金帯扣, 金円形装飾, 鍍金牛文帯飾板, 人物文帯飾板陶模, 馬文帯飾板陶模, 紅陶鏟足鬲, 紅陶鏟足鬲

秦に遊牧文化や西戎の文化が流入していたということを示す遺物ということである.

遊牧文化をうまく取り入れたことが秦が中華統一するほどの強かった理由かもしれない.


両詔権, 両詔量

両詔権は分銅,両詔量は升であり,どちらも始皇帝と二世皇帝の命が刻まれている.

始皇帝は度量衡を統一したということでその後の中国文化に大きく影響を与えたということである.

この時代の中国文化は圧倒的に突出していたのだなと思う.


半両銭, 半両銭母笵

始皇帝時代の時代に円形で四角形の穴の銅銭で中国の通貨は統一されたという.

日本での通貨は近江朝の無文銀銭が今のところ最も古い通貨と言われていることを考えるとあきれてしまう.


「郎中丞印」封泥, 「内官丞印」封泥, 「高章宦丞」封泥, 「上寝」封泥

既にこの時代から封泥が使用されていたという.

印については西洋と中華文化とでその信用度が全く異なっていると感じるが,このように古い歴史があればこそだからだろう.


平瓦, 丸瓦, 鹿文瓦当, 虎雁文瓦当, 狩猟文瓦当, 鳳凰文瓦当笵, 太陽文瓦当, 夔鳳文大瓦当, 取水口, L字形水道管, 水道管, 五角形水道管

始皇帝の宮殿は瓦葺で導水施設が整っていたという証拠である.

またしても日本と比べてみると,瓦葺の建物が建設されたのが早くても飛鳥時代ではないかと思う.

日本の建設技術が遅れていたというより,秦の技術が突出していたのだろう.

この特別展の出陳物から考えるに,秦というのはその技術力から考えると日本の飛鳥時代から奈良時代に相当すると考えられる.

中華の文明はなんて進歩していたのだろうと思う.


騎馬俑, 侍女俑, 侍従俑, 跽坐俑, 騎馬俑, 馬, 穀倉, 穀倉, 穀倉,

始皇帝の兵馬俑以前にも当然,兵馬俑は作成されていた.

サイズとしては,小さい人形レベルで素朴な造形である.

日本の古墳から出土する埴輪とよく似ている.

形象埴輪は兵馬俑から影響されている可能性があるのであろうか.


将軍俑, 軍吏俑, 歩兵俑, 立射俑, 跪射俑, 騎兵俑, 軍馬, 御者俑, 馬丁俑, 水鳥, 雑技俑

今回のメインである始皇帝陵の兵馬俑たちである.

先に鑑賞した秦以前の兵馬俑とは異なって,おそらく実寸大であろうサイズと写実性のある造形であった.

秦以前から急速に技術が発展したというより,かけた手間の規模が全く違っているのであろう.

一人ひとり容貌が異なっており,非常に凝った造りである.

兵馬俑の複製で再現した兵馬俑抗はあくまでも再現でありながら,迫力がすごかった.


弩弓(複製)

様々な本などで弩弓という言葉を目にしてきたが,実際の使用方法について深く考えたことがなかった.

ただ,狙いを定める必要があるはずなので,コントロールしやすいだろう手を使って使用するものだと思い込んでいた.

今回は複製の弩弓とともに使用方法の解説パネルが展示してあった.

足を使用して撃つものだとは驚いたが,弓をひくのにはかなり力がいると聞いたことがあるので,理に適っているのかもしれない.


石製鎧, 石製冑

古代中国の戦の再現画像や動画でよく見かける形の鎧と冑である.

鋼かなにかの金属で作成されているのかと思っていたが石製であったとは驚きである.


1号銅車馬(複製), 2号銅車馬(複製)

1号銅車馬が始皇帝の先導車,2号銅車馬が始皇帝の御用車ということである.

6000もの部品からなる銅車馬が完全に写しとられているそうである.

それぞれの銅車馬には御者の像をともなっている.

始皇帝陵墳丘のすぐそばから発見されたそうである.

それにもかかわらず,始皇帝の姿はないので,始皇帝の魂を乗せて運ぶための銅車馬ではないかと考えられているそうだ.

馬を見ても,かなりリアルに作成されていることが分かる.

遺物の質や量だけでも世界有数の大陵墓といえるだろう.


金馬面, 銜, 円形金銀辻金具, 金製管金具, 銀頸木飾り

上記の銅車馬以外にも木製の馬車が埋蔵されていたのだが,腐食してしまい,現在は形をとどめていない.

しかし,青銅や石,金銀などの木製馬車を飾りは残されていたそうである.

木製馬車の豪勢さが偲ばれる.


以上が概要である.

ついつい日本の古墳と比べてしまうのだが,古墳時代より数百年以上まえに築造された始皇帝陵の技術や埋葬品については数段上であったことが衝撃であった.

秦や始皇帝については知識がなかったので,おおまかに概要を知ることができたのはよかったと思う.

兵馬俑も見ておいて損はないものであった.

下写真は兵馬俑抗を再現したエリアで写真撮影をしたものである.

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写真撮影スポットといえば,漫画「キングダム」パネルも設置されていた.

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秦時代の最近の人気はこの漫画によるものが多いだろう.

私も面白いと思う.


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by Allegro-nontroppo | 2016-01-02 08:00 | 博物館