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金銀の系譜―宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界―@静嘉堂文庫美術館

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リニューアルオープン展 第1弾 「金銀の系譜―宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界―」を鑑賞に静嘉堂文庫美術館に出かけた.

タイトル通り,静嘉堂文庫美術館はリニューアルのために長期間閉館していたそうである.

そういうわけで初めて,静嘉堂文庫を訪れることになった.

二子玉川駅からは道に迷わないようにバスを使ったのであるが,通勤でも体験しないほどの満員バスであった.

次回行くことがあれば交通手段についてもよく考えたい.

きちんと下調べしておけば,歩いていくこともできそうである.

以下,概要である.


草木摺絵新古今和歌巻 本阿弥光悦

金泥摺絵で草木を描いた絹本に新古今和歌集から15首書き散らしてあるそうである.

本阿弥光悦の書いた文字は残念ながら読めるほどの教養がないが,絹本に描かれた草木の高さに合わせて,文字の頭も高くなったり低くなったりしているように見えた.

絹本を作成したのは宗達だろうか?


勅撰和歌屏風 松花堂昭乗

松花堂昭乗は寛永の三筆の一人だそうである.

またしても文字を読むことができなかったのだが,煌びやかで眺めていたいような屏風であった.


四季草花図屏風 「伊年」印

「俵屋」らしい草花図であるが,あまり余白がないのは珍しいかもしれない.

これも琳派デザインといえるのであろう.

好みな作品である.


源氏物語関屋・澪標図屏風 俵屋宗達

国宝であるので今回の一番の見どころといえるだろう.

関屋図は源氏と空蝉が逢坂の関で出会う場面で,澪標図は華やかな源氏一行と身分の差を恥じて海上で引き返そうとする明石の君であり,どちらも29歳の源氏のある日の出来事とのことである.

この二つの絵は山と海,やがて出家する空蝉と皇太后宮の母となる明石の君など様々な対比があるそうである.

それぞれの源氏や空蝉,明石の君の姿は唯一,関屋図で源氏の袖のたもとが見えている程度で暗示するなども面白い.

モチーフの限定・簡略化,配色のこだわりや古絵巻からの引用など作品を鑑賞する力が問われる作品だが,私は完全に解説に頼ってしまった.

とにかく,宗達のたくさんのこだわりを感じられる屏風である.


色絵吉野山図茶壺 野々村仁清

野々村仁清といえば私でも知っている有名な陶工である.

桜の季節を表したものであった.

季節は違うものの,昨年の吉野山旅行を思い出しながら眺めた.

また,桜の季節にも訪れたいものである.


色絵法螺貝香炉 野々村仁清

本物の法螺貝かと見違うくらいの法螺貝である.

この香炉を使った人はどのような気持ちで眺めていたのであろうか.

野々村仁清作品は他にも出陳されていたが,尾形乾山つながりということであろうか.


住之江蒔絵硯箱 尾形光琳

光琳が私淑する本阿弥光悦作の硯箱を模して制作されたという.

少し前のテレビ番組「美の巨人たち」の琳派特集でクローズアップされていた硯箱の特徴と同じように思う.

その特徴とは,硯箱としては必要ないのに蓋が大きく膨らんでいる,鉛板が貼られている,文字が散らされているという点である.

波の絵というところも共通しているかもしれない.

琳派の伝統を受け継いだ硯箱ということになるのだろうか.


立葵図 尾形光琳

光琳の立葵図はどこかでもみた覚えがある.

好きなテーマだったのだろうと思う.

この作品は後で出てくる「光琳百図」に取り上げられている.


尾形流略印譜 酒井抱一編

宗達以降の琳派作品につけられた落款をまとめたものという.

琳派は私淑の関係で流派が続いているので,抱一の時点で一旦まとめられたのはその後の研究にとってプラスとなったのではないだろうか.

もっとも本人としては,単純に自分が正式な琳派の後継者であることを知らしめたかったという目的だったのだろうが.


光琳百図 酒井抱一編

光琳作品を抱一が捜索・調査・鑑定し作り上げられた光琳作品集である.

そのほかにも抱一は光琳の百年忌には法要を営むと同時に光琳の遺墨展覧会を開催している(これが日本における個人作家の展覧会のはじまりとなったそうだ).

抱一の光琳に対する愛を感じる.


波図屏風(付属:本多大夫宛 抱一書簡) 酒井抱一

この展覧会で一番衝撃を受けた出陳品である.

これまで,宗達や光琳は金,抱一は銀に例えられることがあるのは知っていたが,あまりピンときていななかった.

もちろん,銀の背景を持つ夏秋草図屏風は知っているが,それ以上に金や銀をメインに使わない好みの作品があったからだろうと思う.

ただ,この屏風を見た瞬間,納得せざるを得なかった.

金を背景にしたとしたら,こんなに素晴らしい屏風にはならなかったであろう.

書簡によると,抱一にとっても自慢の作らしい.

本当に強烈な作品であった.


麦穂菜花図 酒井抱一

パッと見ると,麦や菜の花が押し花にされて貼り付けられているように思うけれども,よくよく観察してみると,麦穂図は上下の麦で濃淡があり,遠近を感じられる.

波図屏風を見る前は抱一のこのような作品が好みだったのだが….


雨中桜花紅楓図 鈴木其一

やわらかな春雨にうたれる桜花と強い秋雨にうたれる楓である.

繊細で瑞々しい.

好みの作品である.


絵手鑑 酒井抱一

様々な画風,様々なテーマの抱一作品を72図も楽しむことができる.

伊藤若冲の図様を取り入れたりもしているようで,蛙の図なども若冲作品のように愛嬌があるように感じる.

他にも狩野派・土佐派・円山四条派・中国画など幅広く学んだそうで,私のような素人でもその片鱗をこの絵手鑑から感じることができる.


軽挙館句藻 酒井抱一

抱一の詠んだ発句を書きとめた自筆句稿とのことである.

抱一の感性や美意識をうかがい知ることができるそうだ.

ちょっとした絵なども描きこまれていた.


(天明新鐫五十人一首)吾妻曲狂歌文庫 石川雅望(宿屋飯盛)撰/北尾政演(山東京伝)画

抱一は俳諧や狂歌などにも才を発揮したそうで,この本にも尻焼猿人の名で冒頭に御簾越しの姿で描かれている.

当時も大名家の出身であることが広く知られていたのであろう.

光琳よりさらに手広く芸術に携わっていたように思うが,やはり実家の力で裕福に芸術活動できていたのであろう.


(江戸流行)料理通 栗山善四郎撰

料亭・八百善の四代目主人栗山善四郎による料理本であり,主人と交流のあった画家が挿絵を寄せているとのことである.

抱一は蛤の挿絵を描いている.

他にも谷文晁や葛飾北斎も描いているそうで,挿絵だけでもとんでもない料理本である.

この栗山善四郎という人はどうしてこんなに豪華な画家たちに挿絵を頼むことができたのだろうか.


曜変天目(「稲葉天目)」 建窯

油滴天目 建窯

茶碗のことはよく分からない.

解説文によれば油滴天目の中で内側の黒い釉薬の上の群れをなす斑点が瑠璃色あるいは虹色の光彩で取り巻いているものらしい.

今回展示の曜変天目は上記の特徴が同時展示の油滴天目と比較するとはっきりする.

曜変天目は世界に数個しかないとのことで,今回の出陳品も国宝である.

また,出陳品の油滴天目ですら重文とのことである.


以上が概要である.

今回が琳派YEAR最後の私の訪れた展覧会となった.

美術館の規模も大きい方ではないし,出陳品も多くはないが非常に見どころの多い楽しい展覧会であった.

静嘉堂文庫は三菱の岩崎弥太郎の弟やその息子のコレクションということで「恐るべし三菱」である.

なるだけ展覧会予定をチェックして面白そうな展覧会があればまた訪れたい.

ところで来年はサントリー美術館で鈴木其一の展覧会が行われるらしく,「朝顔図」がやってくるらしい.

何があっても見に行きたい.


ちなみに静嘉堂文庫の庭園では12月中旬になろうというのにまだまだ紅葉が楽しめたので写真を貼っておく.

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今回のブログ記事が本年の更新ラストとなります.

今年も大変お世話になりました.

特に何回もコメント下さいました,ひろみ様には本当にブログの思ってもみない楽しさを教えて頂きました.

本当にありがとうございました.

皆さまがよいお年をお迎えになられることをお祈りしております.


来年はトーハクの特別展「始皇帝と大兵馬俑」とサントリー美術館の「水―神秘のかたち」の鑑賞から更新したいと思います.


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by Allegro-nontroppo | 2015-12-29 10:00 | 博物館

幕末展@東洋文庫ミュージアム

幕末展を鑑賞に東洋文庫ミュージアムに出かけた.

幕末については最近,興味が薄れていたのだが,前回の大地図展が素晴らしかったので,是非,見てみたいと思った次第である.

今回もMAの方の解説を聞くことができた.

以下概要である.


甲骨卜辞片

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殷時代に刻まれた甲骨文字である.

私のように不器用な人間にはよくきれいに文字を刻むことができると感心するばかりである.

実際に刻まれた甲骨文字を見るのは珍しいように思う.


論語集解 (1315年転写)

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論語につけられた注釈を集めて編集したものということである.
日本に現存する論語の完本としては最古のものらしい.

論語の基準的なテキストと諸本を照らし合わせた書き込みや漢文の読み方を示す当時の符号が書き込まれており,当時の論語の理解に対する研究への手がかりとなっているとのことである.

前回展示されていた古文尚書と同じように当時の研究に有用なものが貴重とされているのだろう.


魏志倭人伝 (1739年刊)

江戸時代の日本人にも魏志倭人伝の需要があったと思うと魏志倭人伝の研究の歴史を感じる.

展示されていたページは最も議論になっている倭国や邪馬台国の位置について書かれた部分であった.


隋書 (1739年刊)

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隋の頃といえば,遣隋使である.

展示ページはあの「日出ずるところの天子,書を日没する処の天子に致す」で有名な小野妹子の第二回使節団来朝である.

知っているエピソードが展示されているとやはり嬉しい.


日本書紀 (1599年刊)

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今回の展示は「後陽成天皇勅版」と言われるものということである.

大型木製活字ということである.

この日本書紀,上記,魏志倭人伝や隋書は当時,一体何部ほど発行されたのであろうか.


文選集注 (10-12世紀)

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文選は梁の皇太子・簫統が編纂した中国最古の詩文選集である.

科挙受験生の必読書であったという.

本巻は文選の代表的な注釈を集めて再編纂されたものということである.

注を選んだ人の解釈が書き加えられているということで,当時の日本で漢文学がどのように読まれていたのかが分かるとのことだ.

国宝である.


枕草子 (1647年頃刊)

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出版文化が栄えた江戸時代に印刷本が出回り広く普及したということで,その当時の出版物である.


源氏物語絵抄 (18世紀頃書写)

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源氏物語は書写されて読み継がれたものであるが,挿絵まで描かれているとは手が込んでいる.

どのような人が作成したのであろうか.


幕末展

誰もが知る出来事や人物ゆかりの史料を通し,幕末史が紹介される.


アヘン戦争図 (1843年刊)

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アヘン戦争といえばこの図を思い浮かべる人も多いのではないのであろうか.

二種類のアヘン戦争図が展示されているがこの二つは少々異なる部分がある.

右下の小舟が消されたのはまるで小舟から発砲しているように見えるので消された可能性があるのではないかということ.


ペリー久里浜上陸図 (1853年頃)

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赤い服を着ているのがペリーとされている.

ペリーの姿は基本的に怖ろし気な姿で描かれていることが多いように思うが,この絵はとても可愛らしい姿で描かれている.

意図的なものがないとすれば,写実的に描かれているということだ.

興味深い.


清国咸豊乱記 (書写年不明)

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太平天国の乱について記した「満清紀事」を獄中にあった吉田松陰が和訳したものという.

吉田松陰という人は獄中でも活発的に活動していたのだと思い知らされる.


和英通韻以呂波便覧 (1868)

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坂本龍馬でおなじみの海援隊が出版した英語入門書である.

発音はざっくりとしているが,考えてみればあまりナチュラルに発音できなくても,相手が付き合ってくれさえすれば通じたりするものだから,海援隊もざっくりとした発音で外国人と渡り合っていたのかもしれない…などと考えながらながめるのも面白い.


高麗史 (1451年成立)

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朝鮮王朝・高麗について記した歴史書とのこと.

今回展示されたものは,勝海舟の蔵書であったもので,「勝安房」の蔵書印が押されている.

本の貸し借り等あったのだろう.

どんな人に貸し出されたのか気になるところである.


日本外史 (1848)

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新選組関係の小説を読んでいると必ず,近藤勇が日本外史で勉強している場面に遭遇する.

日本外史は必ずしも客観的な歴史事実が書かれているわけではないというふうに聞く.

一度,実際に読んでみて,内容を確認してみたい.


以上である.

幕末展以外の展示もかなり楽しめた.

幕末展の方も,例えば今年の江戸東京博物館での特別展 花燃ゆや幕末を中心とした博物館であれば,遊就館,京都の霊山博物館,そして鹿児島の維新ふるさと館などとは一風変わった展示で非常に勉強になった.

次回は解体新書に関する展示とのこと.

正直なところ解体新書に関してはあまり興味がないが,また新たな発見もあるかもしれないので,時間があれば出かけたい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-12-23 18:30 | 博物館

物語をえがく -王朝文学からお伽草子までー@根津美術館

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コレクション展 物語をえがく -王朝文学からお伽草子までーを鑑賞に根津美術館まで出かけた.

今回は特別展というわけではないので,人出もそう多くないかと思っていたが平日にも関わらず,多くの人が来館していた.

さすが根津美術館である.

以下,概要である.


伊勢物語図屏風・源氏物語図屏風

八曲一双,白描で左右に伊勢物語の有名な場面と源氏物語の各帖からそれぞれを描いている.

左右の画風が異なっているので気づかなかったが,当初から一双として作成されたものとのことである.

この一双が並んでいたら物語を読むように世界に浸れそうである.


源氏物語朝顔図

雪上で遊ぶ童女たちを眺める光源氏と紫の上を描いた土佐光起の作品である.

この場面が描かれるのは珍しいように思えたので面白く感じた.


源氏物語図(若菜上・下)

住吉具慶の作品.

今回展示されていた物語絵の中でいちばんきらきらと源氏物語のイメージに近い屏風のように感じた.

若菜下の住吉詣ででは先月訪れた住吉大社の太鼓橋もしっかり描かれていた.


曾我物語図屏風

曾我兄弟が途中失敗をしながらも,無事仇をうち,処刑されるまでの物語が描かれる.

もう少し知識があると,描かれた人物の特定ができて楽しいだろうが,おおまかな内容しか知らないので残念である.


平家物語画帖

扇面に絵を描き,帳面左側に貼り付け,右側に詞書を記している.

特に扇に矢を射る場面のある,那須与一の場面を見ることができてよかった.


蛙草紙絵巻

解説によれば,不思議な機縁で物を嗅ぎ当てる名人になりすまし,栄耀を得るという特異な題材とのことである.

アラジンと魔法のランプにも似たような題材だったように覚えている.

蛙草子のことは知らなかったのだが,このような絵巻物を見ると,話の概要をつかむことができたので非常に助かる.

当時の人々も同じように眺めていたのだろうか.


玉藻前物語絵巻

玉藻前のような力のある女の狐については,古代中国の妲己や安倍晴明の母親・葛葉,荼枳尼天,稲荷神など興味のある神々や人物の正体であったりする.

詞書を読むことができないので,絵だけ楽しんだが,上巻と下巻で場面が全く異なっていて玉藻前の物語を知らないと一連の絵巻と分からなくなってしまうかもしれない.


賢覚草紙絵巻

賢覚草紙は安珍と清姫の道成寺伝説の変形判ということである.

女が化けた蛇も含めてどこかユーモラスに描かれており,恐ろしさよりも親しみを感じる絵柄である.


酒呑童子絵巻

酒呑童子とはその名を名乗った盗賊,つまり人間であったと考えている.

それはともかく,この絵巻の面白いところは酒呑童子の屋敷周辺の庭に四季折々の植物や雪などの自然が描かれているところである.

現世とは異なる別の世界に屋敷が存在していることを表しているのだそうである.

狩野派の手による絵巻のようで力のある印象的な絵巻であった.


扇面歌意画巻

この画巻はコレクション展外(コレクション展は第1, 2室で実施されていた)の第5室を使って展示されていた.

伊勢物語の「かきつばた」の歌は扇面ではっきりとわかった.

西行の「はなのもとにて春しなん そのきさらぎのもち月のころ」は考えてみて分かったという程度である.

他は図録を眺めて分かったものもあったという程度で,そもそも歌を知らないというものもあった。

勅撰和歌集や私家集,謡曲,お伽草紙,狂言など広くから収載されているそうで全部で100首あるそうだが,それにしても,あまりに知らない歌が多かったので来年は歌の勉強もしていかねばと思う.


以上が,今回の根津美術館・展示物の感想である.


ところで,根津美術館に出かけたのは11月末のことであったが,庭園の木々が色づき始めていたので散策してみた.

人が多かったのは紅葉のせいもあったのかもしれない.

普段,開放していない庭園部分も開放されており,手軽に紅葉を楽しめた.

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来年もどこかで,根津美術館を訪れたい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-12-19 20:46 | 博物館

和歌山・大阪の旅 3日目

和歌山・大阪の旅3日目,最終日である.

最終日は堺市から大阪市へ向かって観光をする.

以下,概要である.


住吉大社

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祭神 第一本宮 底筒男命,第二本宮 中筒男命,第三本宮 表筒男命,第四本宮 神功皇后

摂津国の一之宮で本殿は全て国宝とのことである.

神功皇后の三韓遠征からの凱旋の途中,お告げによって,住吉の地に祀られることになったという.

住吉の神ということで海人族と大和王権の関わりを証明する証拠ではないかと思う.

実はこの日は1123日であったので,新嘗祭が執り行われていたので眺めさせていただいた.

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初めて新嘗祭を見ることになったが,実際見ることができてよかった.
一寸法師発祥の地ということで大きなお椀の展示もされていた.
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大阪歴史博物館

常設展示は大きく分けて古代のエリア,中世近世のエリア,近代現代のエリアに分かれている.

一番興味がある古代のエリアをじっくり見させていただいた.

古代のエリアの半分は後期難波宮を再現している.

もう半分は発掘された遺物や再現模型などが展示されている.

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さらに見どころは古墳時代の大型倉庫群の地下遺構と正面玄関前の復元された古墳時代の大型倉庫である.

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地下遺構のガイドツアーはたった一人の参加にもかかわらず,催行して頂き,ありがとうございました.


史跡 難波京跡(難波宮跡公園)

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公園内には復元された後期難波宮の大極殿基壇や前期難波宮の八角形建物などが立体的に遺構表示されている.

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全体像は大阪歴史博物館から眺められる.

難波京の大型倉庫は海を介した交易が活発に行われていた証拠である.

意図したわけではないが,紀氏による紀州や難波を拠点とした交易やその当時の大王の墓など同時代に栄えていた地を巡ることとなった.


四天王寺

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推古天皇元年(593)に建立された.

いわゆる崇仏戦争の際,崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために,自ら四天王像を彫り,この戦いに勝利したら,四天王を安置する寺院を建立する誓願され,勝利の後,建立された日本仏法最初の官寺ということである.

時間も遅くなっていたので急いで観光することになった.

次回,行くことがあれば,早い時間に訪れたい.
ちなみに塔は修理中であった.


以上,和歌山・大阪の旅である.

天気が崩れたのは3日目の午後以降のみであったからまずまずであったと言えるだろう.

旅行前から旅行中にかけてたくさんの方々に親切にしていただいた.

本当にありがとうございました.

大阪は古市古墳群や石切劔箭神社など,まだまだ行ってみたいところがあるのでまた,旅行を計画したい.

和歌山も牟婁温泉,熊野,高野山周辺など訪れたい場所がたくさんある.

2日目の堺市役所から二上山を眺めたのであるが,そちら周辺もあらためて訪れたくなった.

今年はもう難しいが,来年もいろいろ出かけたい.


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by Allegro-nontroppo | 2015-12-13 23:20 | 旅行記

和歌山・大阪の旅 2日目

和歌山・大阪の旅2日目である.

2日目は堺市に向かった.

百舌鳥古墳群めぐりをするためである.

百舌鳥古墳群をじっくりめぐろうと計画を立てていたのだが,1日目は堺市周辺のホテルが満室で和歌山にホテルをとることになったのでこのような行程となった.

これはこれでよかったと思う.

以下,2日目の概要である.


田出井山古墳(反正天皇陵)

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前方後円墳で築造時期は五世紀中頃とされている.

墳丘は三段築成,西側くびれ部に造り出しがあり,二重の濠が巡らされていたことが分かっている.

前方部は南を向いている.

円筒埴輪,朝顔形埴輪,衣蓋形埴輪,形象埴輪,各種須恵器,瑪瑙製の勾玉が出土している.


方違神社


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祭神:八十天万魂神,素戔嗚命,三筒男大神,息気長足姫命

この神社は住吉郡,河内多治比郡,和泉大鳥郡のいずれにも属さない,方位のない清地であるとされてきた.

なかなか興味深い神社である.


天王古墳


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田出井山の陪塚で方墳である.


鈴山古墳

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田出井山の陪塚で方墳である.


丸保山古墳


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帆立貝形古墳で築造時期は五世紀中頃から後半である.

大山古墳の陪塚とされている.


源右衛門山古墳

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円墳で築造時期は五世紀中頃とされている.

大山古墳の陪塚とされている.


永山古墳

前方後円墳で築造時期は五世紀初頭から前半頃とされている.

大山古墳の陪塚とされているが,規模が大きいのでかなり怪しい.


大山古墳(仁徳天皇陵)

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世界最大の面積をもつ前方後円墳で築造時期は五世紀中頃とされている.

この築造時期が正しいならば,被葬者を仁徳天皇とするには難しい.

宋書の記述から考えると倭の五王あたりが年代としては合致する.

墳丘は前方部三段,後円部四段築成,くびれ部に造り出しがあり,三重の濠が巡らされている.

前方部は南西を向いている.

多数の円筒埴輪,形象埴輪が発見されている.

金製歩揺のついた眉庇付冑,金銅製横矧板鋲留短甲など出土したと伝わっている。

堺市博物館

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百舌鳥古墳群シアターや百舌鳥古墳群展示,中世~近世の堺の歴史などが見どころである.

古墳は巨大で全貌をとらえることが非常に難しい.

また,研究成果などは素人にとっては,古墳自体から把握することは難しいので勉強になった.

こちらで購入した「堺の文化財 百舌鳥古墳群」の冊子もじっくり読み込みたい.


グワショウ古墳

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円墳で築造時期は五世紀後半である.

墳丘は二段築成である.

円筒埴輪,形象埴輪,土師器,須恵器,そしてミニチュアの鉄鍬が発掘された.


旗塚古墳

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帆立貝形古墳で築造時期は五世紀中頃とされている.

後円部の南側に造り出しがあり,盾形の堀が巡らされている.

円筒埴輪,朝顔形,衣蓋形,石見型埴輪が採取されている.


石津ヶ丘古墳(履中天皇陵)

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前方後円墳で築造時期は五世紀初旬(出土埴輪から推定)とされている.

墳丘は三段築成,くびれ部に造り出しがあり,二重の濠が巡らされていたことが分かっている.

前方部は南西を向いている.

後円部のみでなく前方部にも埋葬施設があった可能性がある.

履中天皇陵としての確証はない.

陪塚と思われる位置にたくさんの古墳があったが,四基が現存している.


長塚古墳

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前方後円墳で築造時期は五世紀中頃とされている.

墳丘は二段築成,南側くびれ部に造り出しがある.

前方部は西を向いている.

円筒埴輪,朝顔形埴輪,衣蓋形,盾形の形象埴輪が発掘されている.


いたすけ古墳

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前方後円墳で築造時期は五世紀初旬(出土埴輪から推定)とされている.

墳丘は三段築成,南側くびれ部に造り出しがある.

前方部は南を向いている.

保存運動により消失を免れた古墳として有名である.

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現在はタヌキが住処としている.


善右衛門山古墳

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円墳で築造時期は五世紀前半とされている.

墳丘は二段築成で円筒埴輪の中に須恵器の蓋が納められていた.

いたすけ古墳の唯一残る陪塚とされている.


百舌鳥八幡宮

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祭神:応神天皇,配祀:神功皇后,仲哀天皇

神功皇后が外征の帰途,天下泰平を祈願したことにより神社を創建したとのこと.


御廟山古墳

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前方後円墳で築造時期は五世紀前半とされている.

三段築成で南側くびれ部に造り出しがあり,二重の濠が巡らされていたことが分かっている.

円筒埴輪,朝顔形埴輪,衣蓋形埴輪,盾形埴輪,冑形埴輪,家型埴輪,囲形埴輪(囲形埴輪の中に家形埴輪が配置されていた)などが出土している.

後円部からの方から参拝するよう参道がつけられていた.


ニサンザイ古墳

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最も均整の取れた姿の前方後円墳で築造時期は五世紀後半とされている.

くびれ部に造り出しがあり,二重の濠が巡らされていたことが分かっている.

円筒埴輪,朝顔形埴輪,衣蓋形埴輪,動物形象埴輪,土師器壺,須恵器器台,木製品(笠形,鳥形)などが出土している.

造り出しで祭祀が行われていたと推測される.

堀内では短期間に撤去された木橋跡が発見された.

陪塚と思われる位置に古墳があったが,全て消失している.


関口神社

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祭神:塩土老翁神,素戔嗚神,生国魂神

神功皇后が三韓より石津浜に上陸し,塩穴松原にて忍熊王の反乱を平定するべく戦勝祈願したとき,老漁師が赤目魚を献上したことを吉祥の証と喜び,塩土老翁の魂をお祀りせよと詔を発したことにより創建された.


大安寺(大安禅寺)

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臨済宗東福寺派

室町時代1394年に後小松天皇の命により,徳秀士蔭を開山に建立された.

本堂は堺商人納屋(呂宋)助左衛門の居宅を移築したと伝えられている.

鶴図,百日紅遊猿図,松梅図,檜図,藤図,西湖図はそれぞれ,17世紀前半の狩野派の作とされており,素晴らしい.

牡丹花肖柏の供養塔や枯山水の庭など見どころがたくさんある.

たまたま,堺市の文化財特別公開の時期であったので,狩野派の作を見ることができるという大安寺に寄ってみることにした.

百日紅遊猿図は可愛らしく,また見たいと思わせる作であった.

松梅図は道徳の教科書に「画家の苦心」として取り上げられたその作という.


堺市役所21階展望ロビー

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堺市役所最上階,地上80メートルから百舌鳥古墳群を一望することができる.

遠く二上山も見えていた.


以上が2日目の概要である.

この日は天気も良かったので,レンタサイクルで走ることができた.

何度か,道に迷ってしまい,通りがかった方々に親切にお声をかけていただいた.

また,観光案内所やレンタサイクルポートの方々にも丁寧に質問にお答えいただいた.

本当にありがとうございました.


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by Allegro-nontroppo | 2015-12-07 21:40 | 旅行記