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「顔」のいろいろ@センチュリーミュージアム

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センチュリーミュージアムに「顔のいろいろ」を見に行ってきた.

先月のことであるが,8月の美術館は展示入れ替え等が多く,小さな美術館はやっていない所も多かったので,そんな中,面白いものを鑑賞させていただき,感謝である.

以下、感想である.


聖徳太子孝養像

聖徳太子孝養像の一種で十六歳の姿ということである.

なんとなく、孝養像は太子のもっと幼い頃の姿と思っていたので、驚いた.

装飾性の強い豪奢な装束や台座・香炉の形から室町時代の作と推測されているという.


柿本人麿像 狩野探幽筆・道寛親王賛

「梅の花それとも見えず久かたのあまぎる雪のなべてふれれば」の賛は古今和歌集や拾遺和歌集から取られたもので、知らない歌であった.

江戸時代の作ということであるが,歌聖人麿が江戸時代になっても尊崇されていたことが窺える.

江戸時代というと俳句が主流のように感じるが,和歌の上達を願う人々もたくさんいたのだろう.


柿本人麻呂自画賛 近衛信尹筆

「ほのぼのとあかしの浦の旦霧にしまかくれ行ふねをしぞおもふ」の賛は古今和歌集におさめられているそうだ.

柿本人麻呂というと壮大な挽歌のイメージがあるので,五七五七七の形式の和歌が代表歌というと奇妙な気がする.

しかし,今作品の桃山時代や江戸時代は壮大な挽歌のおさめられた万葉集より古今和歌集の方が格上とされていたのだから和歌の上達を願うための人麻呂像には古今和歌集の賛が相応しいのだろう.


藤原鎌足像

藤原氏初祖として追善供養の仏事で使われるために制作されたものと推測されているらしい.

私の想像する鎌足と画家の想像する鎌足はイメージが似ているように思う.

ということは,みんなの想像する鎌足像ということだろう.


桓武天皇像

桓武天皇を神格化し、礼拝の対象として描き比叡山延暦寺で執り行われている天皇講と称する桓武天皇への謝恩の法会のような行事で用いられたと推測されているようだ.

桓武天皇は最澄や比叡山とのつながりが深かったのだなと再認識した.

桓武天皇は怨霊に悩まされた天皇でもあったが,そのあたりも神格化への要素の一つだったりするのだろうか.


束帯天神像

菅原道真は笏を上から押さえつける姿で描かれているのをいくつか見かけたことがあるが,これは讒言による失脚に対する怒りを表しているのだという.

確かに他の人で同じような笏の使い方は見たことがない.

人によってそれぞれ経歴を表すポーズがあるのが面白い.


三迹画像

鎌倉時代の作で左上に「筆峯三迹」と記されており,嵯峨天皇,弘法大師空海,菅原道真が座している.

嵯峨天皇と空海は「三筆」とも言われているのは知っていたのだが,この「三筆」が貝原益軒によるものというのは初耳であった.

鎌倉時代には能書家として,この三人が代表であったのだろう.


三跡像 冷泉為恭筆

小野道風,藤原佐理,藤原行成の三跡が描かれているが,こちらも貝原益軒によって挙げられた三人ということで,描かれたのも幕末である.


三十六歌仙絵巻 伝冷泉為相賛

歌人を左右に分けた歌合形式で描かれている.

三十六歌仙絵巻もいろいろな形式があるなと思わせてくれる.


三十六歌仙色紙帖

畳の上で几帳のかげに座する斎宮女御が展示されており,三十六歌仙の中で一番豪奢な歌仙を見ることができて,うれしく思う.

斎宮女御くらいは描き方で見分けられるようになってきたなと自分の成長も感じられてうれしい.


歌仙絵(小野小町) 良純親王賛

こちらは小野小町ということであるが,説明書きを見ないと分からなかった.

小野小町といえば後ろ姿というイメージなのだが….

なよやかな姿で「あはれなるやうにて,つよからず」という,古今和歌集仮名序を思い起こさせられる.


三十六歌仙色紙 角倉素庵賛

こちらでも斎宮女御を見ることができた.

やはり,几帳のかげに座っている.


嵯峨本伊勢物語・下

「狩の使」の一場面部分が展示されていた.

伊勢物語をなぜそう呼ぶのか,書名の由来としては一番重要な場面である「狩の使」が伊勢を舞台としているからというが,本当にそうなのか疑問はつきない.


新版絵入伊勢物語

上巻冒頭には在原業平,下巻冒頭には伊勢の肖像画が載せられている.

かつては,伊勢物語の作者が業平で,伊勢が増補したと考えられていたそうで,つまりそれが題名の由来と考えられていたのだろう.

なぜ,題名の由来が不明確で、しかも伝わっていないのだろう.


伊勢物語歌かるた

伊勢物語のカルタというものもあったのだと驚きである.

燕子花の場面がないかと探してはみたが見つからなかった.


北野天神縁起絵巻断簡

北野天神縁起絵巻では菅原是善の邸宅に幼児の姿で現れて,養育されたことになっているらしい.

展示場面は是善のそばで講説の序文を書く道真の姿で,出仕前の道真を描いた一場面というものを初めてみることができた.


藤原定家像 伝土佐光起筆

和歌の大家・藤原定家を描いているが,なんとなく伝わっている定家のイメージよりふっくらした面立ちに見える.


以上.

センチュリーミュージアムは未だにどのような美術館かつかめていないのだが,面白そうな展覧会も多く,日本の古い芸術作品もかなり所蔵していらっしゃるようで,今後の展覧会にも期待である.


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by Allegro-nontroppo | 2016-09-04 22:09 | 博物館

コレクション展 はじめての古美術鑑賞―絵画の技法と表現―@根津美術館

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根津美術館にコレクション展 はじめての古美術鑑賞―絵画の技法と表現―を鑑賞しに出かけた.

お盆の時期に開館している美術館は貴重なのでありがたい.

以下感想である.


たらしこみ

墨や絵の具が乾ききらないうちに,より多く水を含んだ墨や絵の具を加えて複雑な滲みをつくりだすのだそうだ.

私の大好きな琳派の特徴となる技術の一つである.

伝俵屋宗達筆の老子図では牛の毛に光が反射して見えるよう「たらしこみ」が使われている.

一方,伝立林何帠筆の木蓮棕櫚芭蕉図屏風や伝喜多川相説筆の四季草花図屏風では木肌を表現したり,同じ葉の繰り返しに複雑さや奥行を加えたりしており,日本絵画には遠近法がなかったというような話も聞いたことがあるが,他の方法で奥行を与えていると知り面白い.


潑墨

筆に墨をたっぷりと含ませ,それをはねちらかすように大胆な筆さばきで一気に形状を表現する技法ということである.

雲渓永怡筆 沢庵宗彭賛,周徳筆,周珍筆のそれぞれの潑墨山水図と狩野常信筆の瀟湘八景図巻を鑑賞することができた.

遠近を表現するために水を多く含んだ墨で遠くの山や崖を,濃墨で木や舟を描いている.

表現技法から考えるととにかく一筆で描くことが肝要で,最初にかなり計算されていなければ描けないのだと思う.

たらしこみは紙の表面に生じるムラで潑墨は紙の繊維にしみ込んだにじみの効果を利用しているのだそうで,紙の上でどのようなことが起こっているのか解説されているのもありがたい.


ぐま

雪や光など白いもの,明るいものを描くときに外側を墨や暗色のぼかしでくま取り形が浮き上がるように表す方法ということである.

赤脚子筆の白衣観音図,仲安真康筆の富嶽図,そして楊柳白鷺図で使われている.

白衣観音図の光背や雲,富嶽図の雪山などは他の絵でも見かけたことがあるが楊柳白鷺図の白鷺はなかなかインパクトがある.


つけ立て

輪郭線を用いず,筆の穂の側面を利用してひと筆で対象を描き,陰影や立体感を表す方法ということである.

長沢蘆雪筆の竹狗児図と松村景文筆の花卉図襖ではそれぞれ竹と花卉につけ立ての技術が使用されている.

筆の紙に対する角度だけでなく,筆のどこにどのくらいの量の墨や絵の具をつけるかを計算しなければならないとなるとこちらも計算が必要な技術であろう.

竹狗児図の子犬が可愛らしかった.


金雲

箔を貼って雲や霞をかたどったもので,場面の区切りや省略のために用いるが装飾的な効果も高いということである.

洛中洛外図屏風のような絵を見ていつも感心してしまうのだが,雲があることで高みから見下ろすように感じられることと雲による画面の切り替えができるということが両立しており,しかも不自然でないことが素晴らしいと思う.狩野探幽筆の両帝図屏風でも素晴らしい皇帝を盛り立てるように金雲が使われているようで,そのようなパターンもあるのかと面白い.


白描

墨の線のみで描いた絵で水墨画にみられるような滲みやぼかしなどは用いない.密教図像,あるいは絵巻などにも用いられたという.

経典や口伝に説かれる諸尊の像形式や曼荼羅の図様を伝えるために密教では白描がもっぱら使われたということである.

仏像画などでよく見かけるが書きかけなのだろうかという,しょうもない疑問が解けた.

毘沙門天図像と大元帥明王・四天王図像をそのような視点で見てみると,確かに分かりやすいように思う.

ただし,金光明経巻第四断簡(目無経)は後白河法皇崩御により中止になった物語絵巻の下絵を料紙として用いているそうで,白描の理由もいろいろのようである.

鳥獣戯画断簡(模本)も鑑賞することができたのが,高山寺の僧が描いたという説が本当ならば,密教の図像にも詳しい僧なのかもしれない.


截金

金箔や銀箔を細い線や三角・四角・菱形などに切って絵画や彫刻に貼り付ける技法で仏の着衣や背景の文様,光線などの表現に用いられるということである.

阿弥陀三尊来迎図,善導大師像,愛染曼荼羅,大威徳明王像,そして不動明王立像に截金の技術が用いられているようである.

善導大師像では善導大師には下半身が光り輝いたという伝説があるらしく,下半身に截金が用いられている.

また,阿弥陀三尊来迎図では背景光背や光芒に光り輝く截金を使い,阿弥陀三尊の体には光が穏やかな金泥を使い,光の加減を調整されているのが面白い.

また,仏像の着衣にも使用されているそうである.


裏箔

絵絹の裏側から金箔や銀箔を貼り付け,絹目を通すことで,金銀の強い輝きを抑える方法ということである.

興福寺南円堂曼荼羅では肉身を金泥で塗り,着衣や宝冠などは裏箔で光り輝かせ表から墨線でかたどっているということである.

藤原鎌足像は多武峰曼荼羅ということでこちらも背面全体に裏箔がつかわれているようである.

裏箔については一体,絵の裏側がどうなっているのか気になって仕方ない.


繧繝彩色

色の濃淡をぼかしの方法でなく,明るい色から次第に同系の暗い色を帯状に並べることによって表現する技法ということである.

愛染明王像,壬生寺地蔵菩薩像,そして求聞持虚空蔵菩薩・明星天子像が展示されていた.

どれも連弁に繧繝彩色が用いられている.

実物を見ても帯状になっている様子はよく見えなかったがチラシを見るとその様子がよくわかる.

次に見る機会があれば詳しく見てみたい.


以上.

いろいろな日本画の技術を学ぶことができて,今後の美術館ライフが充実しそうで嬉しい.

ただ,裏箔は初見で技術を見分ける自信はないというのが感想である.


補足

根津美術館の庭園には4つの茶室があるが,この茶室は月1回,一棟ずつ一般公開されているそうなのだが,たまたま,その日にあたったので,弘仁亭・無事庵を拝観してきた.

思ったよりも広くて,またやかんなどもたくさん並んでおり,驚いた.

とはいえ,茶室から眺める庭園は美しく,春や秋になればさらに季節を楽しみながら茶をたしなむことができるのだろうと思った.

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by Allegro-nontroppo | 2016-08-28 22:45 | 博物館

特別展 高麗郡 一三〇〇年~物と語り~@埼玉県立歴史と民俗の博物館

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特別展 高麗郡 一三〇〇年~物と語り~を鑑賞に埼玉県立歴史と民俗の博物館へ出かけた.
以下概要.


プロローグ 高麗郡ヲ置ク

続日本紀 巻7(井上家文書)
駿河,甲斐,相模,上総,下総,常陸,下野の東国七か国の高麗人一七九九人を武蔵国に移し,新たに高麗郡を置いたという記述部分である.

当時,東国にそんなにも高麗人がいたのかと驚かされる.


物~もの~

第一章 高句麗―高麗人―のふるさと

高句麗広開土王碑墨本(模刻本)Ⅰ面

広開土王碑を木版に模刻して刷ったものだという.

拓本以外にも碑文をとる方法があるとは勉強になる.

碑文の内容自体については,もっと解明されるよう,今後の研究に期待したい.


模写 梅山里四神塚「玄室東壁」

梅山里狩塚の東壁には日像と青龍などが描かれている.

玄室の四神図ということで,高松塚古墳やキトラ古墳壁画を思い出すが,中国大陸だけではなく朝鮮半島の影響を受けているのだろうなと思わせられる.


第二章 東国の渡来文化

牛塚古墳 金銅製指輪

銅板を曲げて円環をつくり,薄い金板で覆った指輪ということである.

その様子がはっきり見て取れるのが面白い.


那須国造碑拓本

那須国造碑は簡単に説明すると墓碑の一つで日本三大古碑の一つであるという.

北魏風の書風であることや唐や新羅の年号を使用していることから,新羅人の関与が示唆されているという.


多胡碑拓本

多胡碑も日本三代古碑の一つだそうだ.

「多胡=多くの故人」,「韓級」という郷名,文中に存在する渡来系氏族とされる「羊」など朝鮮半島の影響があるそうだ.

日本三代古碑のうち那須国造碑と多胡碑の二つが大陸の影響を色濃く残すということを考えると,碑に対しては当時の日本は後進国であったのだろうか.


第三章 古代高麗郡の景観―寺院・集落・産業―

寺院

古代高麗郡には女影廃寺,大寺廃寺,そして高岡廃寺と3つの寺院が存在し,後者2寺院は本格的な建物であったことが確認できているようだ.

大寺廃寺跡からは平城宮系の瓦,高岡廃寺からは円面硯や灰釉陶器,緑釉陶器などが発掘されているそうで,平城京から遠く離れた地といえども,かなり先進的な地であったのではないだろうか.


集落

堂ノ根遺跡からは常陸国新治産の須恵器が発見されており,続日本紀に記されているように常陸国からの高麗人の移住を示す資料ということで面白い.

捨石・王神遺跡からは官人の存在を思わせる遺物,そして光山遺跡群を含めて掘立柱建物跡も存在しているそうである.


産業

東八木窯跡,高岡窯跡など須恵器や瓦の生産が行われていたようである.


第四章 高倉福信―高麗郡出身の官人―

続日本紀 巻四〇(井上家文書)

高倉福信は高句麗で活躍した軍人を祖父に,長屋王に仕えた学者を叔父にもった地方出身者であったが,中央の要職についた人物で当時の皇太子の孝謙天皇や光明皇太后と交流をもった人物であったそうである.

上記のような内容が続日本紀に記されているそうである.


法隆寺献物帳(狩谷棭斎 模刻

孝謙天皇が父親の聖武天皇所縁の品々を法隆寺に献納した際の目録ということである.

聖武天皇の遺品は光明皇后が東大寺に献納し,それが正倉院の根幹をなす宝物となったはずで,かなりの品々が納められたはずだが,それ以外にも法隆寺に献納されていたとは,当時の天皇とはどれだけものすごいのだろう.

ここに福信の自署が藤原仲麻呂や藤原永手と並んで記されているのはすごい.


群書類従 一二二巻 文筆部「懐風藻」

福信の叔父肖奈王行文は懐風藻にも記載されているということである.

また,改めて確認してみたい.


語り~かたり~

第一章 高麗郡の始祖―高麗若光―

日本書紀 天智天皇五年にやってきた高句麗の使者の中に二位玄武若光という人物が記されており,母国が滅亡してしまったことにより,後に高麗若光として日本に留まることになったと考えられているそうだ.

続日本紀では王姓を与えられたことが記されているそうである.

藤原宮跡東面大垣地区では西暦七〇〇年前後の木簡が発掘されているがその中に「若光」と記されているものも発見されている.

また,箱根山縁起井序,相模国鶏足山高麗時略縁起,新編相模国風土記には相模国大磯の高麗山に「高麗和光大神」が勧請されたことなど高麗寺や高麗権現社に関する記事があり,高句麗や高麗郡との関係を考えさせられる.

さらに,高麗郡内の白鬚神社の御祭神白髭明神は高麗若光と同体とされているそうで,神として今なお祀られているようである.


第二章 高麗神社と高麗山聖天院の宝物

日本の古い寺社では神仏習合の影響がみられることが多く,高麗神社の宝物として大般若経などが見られることは納得できることである.

その一方で,聖護院門跡御教書(金襴袈裟免許状)や熊野三山若王子奉書(院号免許状),そして大宮御宝印など修験道を示唆する宝物が残されているのは不思議なことである.

これについて,聞いてみたいとは思ったものの,質問するチャンスがなく残念である.


第三章 記憶の浮上―高麗神社を中心にー

明治期の神仏分離令により,当時の修験道は大打撃を受けたように大宮寺別当も復飾を願い出て神官として勤めることになったそうである.

その他,高麗神社を訪れた人々として,歴代総理大臣ほか,太宰治,坂口安吾などが紹介されていた.


以上.

高麗郡を対象にした特別展というのは珍しく,また今年は渡来人に興味を持っていたこともあって,非常に面白かった.

古代朝鮮や渡来人となると任那や百済が話題となることが多い中,高句麗を対象にした本展は非常に勉強になった.

機会があれば高麗郡周辺や高麗神社にも行ってみたい.


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by Allegro-nontroppo | 2016-08-21 21:03 | 博物館

第28年度第2回企画展 ようこそ地獄,楽しい地獄@国立公文書館

国立公文書館に出かけた.

28年度第2回企画展 ようこそ地獄,楽しい地獄を見に行くためである.

終戦の日にふさわしい展示を見てきたので,他より先にこちらの記事を記したい.


Ⅰ.地獄行きの罪

宇治拾遺物語(成立:鎌倉時代前期)

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歌人の藤原敏行が地獄に堕ちたという話があるという.

魚を食べるなどの不浄の身で法華経を書写したという罪で地獄に堕ちたのだが,金光明経を書写することを誓い,現世に戻ったが,色好みであったことや,日々を無為に過ごしたために再び地獄に堕ちてしまったということである.

ここに書かれているような生活は当時の貴族たちは当たり前の生活だったように思うが、あえて藤原敏行が地獄に堕ちたとされたのか,他に理由があるように勘ぐってしまう.


続古事談(成立:1219年頃か)

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孝謙天皇が西大寺の建立を命じた際,藤原永手が五層の塔を三層に縮めてしまい,その罪によって熱く焼けた銅の柱を抱かされる報いを受けたと書かれているという.

藤原永手に関して,あまり内容がいいといえない話を書くことができる時代であったのだろう.


宝物集(成立:1179年頃か)

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宝物集では醍醐天皇までもが地獄に堕ちたとされているということである.

罪は父の醍醐天皇のいいつけに背き,菅原道真を無実の罪で左遷したためということである.

それならば藤原時平はどうなのだろうと思わずにはいられない.

藤原氏に対して,そのようなことが書けない時代となってしまったのだろうか.

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また,紫式部についても虚言を用いて源氏物語を執筆した罪のために地獄に堕ちたとされているらしい.

紫式部の地獄行き話の大本はこの本なのだろうか.


源氏供養表白

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中世には紫式部や源氏物語の読者を供養する文化が生まれた.

そこで使用された表白文では巻名が順を追って登場するのだが,これは表白文に合わせて源氏物語を火にくべたためらしい.


Ⅱ.地獄は何処に

小袖曽我(成立未詳)

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悪行を繰り返す兄弟とその罪を償おうとする母親の話が引用されているということである.

場面は地獄に堕ちようとする兄弟の髪を引っ張って救おうとする母親の姿である.


Ⅲ.地獄の責め苦

三教指帰(成立:797年)

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三教指帰には地獄の恐ろしい様子が記されているということで,仏教または密教の布教にもこのような罰の様子が必要だったのかと空海の苦労を考えてしまう.


本朝文粋(成立:9891066年)

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本朝文粋によれば,源融も地獄に堕ちてしまったようである.

現世で殺生を行ったためというが,死を厭う貴族が本当に殺生などするだろうか.

源融といえば平安時代の憧れの貴族の一人という認識であったので不思議に思ってしまう.


金葉和歌集(成立:11261127年)

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和泉式部が地獄絵を見て詠んだ歌がとられている.

詠んだ内容は現代人にも通じるところがあって面白い.


Ⅳ.冥官と極卒

江談抄(成立:11041108年)

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小野篁が閻魔王に仕える冥官であったという逸話とともに,大江匡房が小野篁と似た星回りだったために冥官であると勘違いされたという逸話もあるということである.

当時は星回りも重要視されていたのだろう.

今昔物語集(成立:1120年以降)

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小野篁が藤原良相を地獄の冥官として助けたという有名な逸話が記載されている.

藤原良相といえば藤原良房の弟ということと,この小野篁との逸話くらいしかよく知らないが,

あの時代の藤原北家の人間ということで,いろいろ調べてみたい人物でもある.


古今和歌集

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平家物語(成立:鎌倉時代)

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平家物語では平時子が平清盛を迎えに来る地獄の極卒たちの夢を見た後,清盛が亡くなってしまうという逸話があり,これは清盛が東大寺を焼き討ちし,大仏殿を焼亡させた報いという.

先の藤原敏行などと比べると仕方ないなあという感想を持ってしまう.

未来記(成立:未詳)

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牛若丸と出会った鞍馬天狗が,平清盛が南都焼討の報いによって熱病に苦しむ未来を演じて見せたという場面ということである.


Ⅵ.六道輪廻―三悪道の世界

源平盛衰記(成立:未詳)

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平家一門滅亡後の建礼門院が後白河院と六道輪廻の苦しみを語るという場面である.

平家一門の没落,一門の人々や我が子との別れ,都落ちから源氏との戦いが続くという人生が六道輪廻に例えられているという.

しかし,後白河院は平家一門と親しいイメージはないのだが,実際は違ったのだろうか.


難福図(成立:1768年)

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この世の地獄と極楽を描くよう円山応挙に依頼したという.

今回の展示は明治時代に原本を模して出版されたものということである.

円山応挙は植物を描いているイメージが強かったので意外な作品に思えた.

福岡県下水害之図

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18897月に筑後川が氾濫し,多数の犠牲者が出た水害の図ということである.

私は福岡出身だが,筑後川の氾濫に関しては毎年,道徳などの授業で取り上げられていたという記憶がある.

まさに地獄であっただろう.


さいごにーたのしい地獄

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可愛らしい閻魔大王たちが描かれていた.

暁斎画談

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人間が賢くなって極楽に行ってしまうため,地獄はいつも不景気であったということであった.

そのため,閻魔大王ほか地獄の王や役人たちは極楽で就職活動をし,鬼たちは角を切り取って売ろうとしているという.

日本で漫画文化が盛んになった理由がよくわかる.


視聴草

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盗みを働いた罪人を曳くための鉄の臼は贅沢なので石を臼がわりにつかうように,剣山地獄は剣でなく竹で間に合わせるようにというようなことが書かれており,コミカルで面白い.


さて,「ようこそ地獄,たのしい地獄」が開催中であったが,終戦の詔書原本が同時展示されていた.

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修正跡がはっきり残っているのに驚いた.

清書する時間もないとはどのような状況であったのだろうか.

いろいろ考えさせられる.


国立公文書館は初めてであったが,なかなか楽しめた.

これで無料とはお得である.

次の企画展も確認してまた訪れたいと思う.


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by Allegro-nontroppo | 2016-08-15 00:17 | 博物館

発掘された日本列島 2016

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前回の記事で遺跡発表会に絡めて「発掘された日本列島2016」についても,かなりの部分を記したが,発表会に絡められなかった展示物についても記しておきたい.

なお,当日は先日の遺跡発表会でも講演されていた,文化庁文化財部記念物課埋蔵文化財部門 文部科学技官の川畑 純氏による展示解説を聞くことができ,勉強になった.

以下,概略.


北中島西原遺跡

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たくさんの接合資料が発見されたという.

接合資料とは組み合わせることのできる石片のことで,一つの原石からどのように石器を作っていったのか確認できるということで貴重ということである.


星ヶ塔黒曜石原産地遺跡

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縄文時代の黒曜石の採掘遺跡ということである.

この採掘跡は現在でも埋まりきらずに大きな窪地のままとなっているということである.


館崎遺跡

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上記,星ヶ塔黒曜石産地遺跡は長野県に位置しているが,ここから採掘された黒曜石が北海道に位置している,この館崎遺跡で発見されたということで,直線距離620kmを移動したということになる.

縄文時代と考えるとものすごい移動距離である.

他にも巨大な岩偶が発掘されている.


六反田南遺跡

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まず,入ると装飾的な土器がたくさん並んでいて,圧巻である.

この遺跡は居住域と廃棄域を分けるための石列が出たというのが面白い.


松帆銅鐸

昨年大きなニュースになった銅鐸である.

淡路島の石材製造業者の砂山から発見された銅鐸なのだが,入れ子状態で発見され,さらに舌とつり手に紐が残っていたという.

この松帆銅鐸は古い形式の銅鐸であるらしい.
が,今回,実物の展示はなかった.

銅鐸研究に大きく寄与する発見であることは間違いない.

いずれ,実物を見てみたいものである.

恒川遺跡群

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古代の官衙的性格をもつ遺跡であるが,ここから和同開珎が発見されている.
何が,珍しいかというと,この和同開珎は銀銭なのである.
銅銭とどういうふうに使い分けていたのか気になるところである.

上渋佐原田遺跡

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円面硯が発掘されている.

円面硯は何人かで同時に使えるよう円形になっていると考えられているらしい.


横野山王原遺跡

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この遺跡は富士山の1707年の宝永大噴火で火山灰が堆積した遺跡である.

ここでは土地を再利用するため,溝を掘り,土壌の表層と深層を入れ替える天地返しを行っている.

深さ60cmもの天地返しを行っており,多大な労力を使っているだろうことが分かる.


以上である.

発掘された日本列島展は毎年,本当に楽しませていただいている.

また,来年も期待したい.


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by Allegro-nontroppo | 2016-08-10 01:30 | 博物館

大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで@江戸東京博物館

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大妖怪展に出かけた.

同日に江戸東京博物館で開催されていた「発掘された日本列島2016」が一番の目的ではあったが,1日お休みをもらえたので,こちらも見ておこうと思ったのだ.

平日であったにも関わらず,結構な人出で,土日や夏休み(行ったのは夏休み前だったのだ)はどうなるのだろうと思った.

以下、感想である.


1章 江戸の妖怪,大行進!

天狗図 葛飾北斎

落ちる紅葉を拾おうとする天狗のスピード感もすごいのだが,バックの蜘蛛の巣のリアルさに驚いた.


妖怪図 高井鴻山

顔や体がどうなっているのか,よくわからなかったが妖怪とはそんなものかもしれない.


妖怪図 高井鴻山

愛らしい表情をした妖怪たちで先の高井鴻山の作品と趣が少し違っているように見える.

家の窓からのぞくネコのような顔もかわいい.


付喪神図 伊藤若冲

雰囲気のある妖怪たちだが,表情は楽しそうである.

某妖怪アニメの主題歌にある「夜は墓場で運動会!」とはこんな感じだろうか.


稲生物怪録絵巻

この絵巻の主題である稲生平太郎の話はどこかの博物館で同主題の作品を見たことがあるように思う.

絵にしやすい主題であったのだろう.


化物婚礼絵巻 岡義訓

化物の婚礼の過程を描いたものだが駕籠や長櫃にも目がある.

そうなるとこの駕籠や長櫃も結婚するのだろうかと化物の世界にも考えさせられる.


針聞書 茨木元行

人間の病のもとになるとされた妖怪たちをまとめたものである.

祟りによって病になるという考えと共通しており,非常に興味深い.


海坊主 歌川芳延

のっぺらぼうの海坊主はどこか影のようで印象深かった.


竜宮玉取姫之図 歌川国芳

大織冠図屏風

どちらも藤原鎌足のために龍玉を取り戻そうとする海女を描いたものである.

藤原鎌足のどのようなイメージからこの物語が生まれたのか気になる.


画図百鬼夜行 鳥山石燕

百鬼夜行図といえば鳥山石燕である.

一度,最初から最後まで通して見てみたい.


2章 中世にうごめく妖怪

土蜘蛛草紙絵巻 小田切直

雑誌やネット上で土蜘蛛退治の絵などは見るが,実際に作品としてみるとまた迫力がある.


3章 妖怪の源流 地獄・もののけ

辟邪絵 神虫

悪鬼を退ける善神とのことであるが,おどろおどろしく迫力がある.

神虫のような異形のものたちが妖怪へと発展していったのもうなずける.


ミミズク土偶

遮光器土偶

遮光器土偶

土偶

今回の一番のお目当て,土偶である.

ミミズク土偶については今回初めて見ることができた.

人の形にかなりの飾りが取り付けられているように思える.

神や巫女などを表しているのだろうか.

遮光器土偶については進化の過程を見ることができてよかった.


4章 妖怪転生 現代の妖怪

妖怪ウォッチ

妖怪ウォッチについてはよく知らないのだが,日常生活の異変を妖怪のせいにするというのは今も昔も共通しているというところは面白いと思った.

民俗学的な部分を期待していたのだが,そういいう部分はなく妖怪絵画の展覧会であったように思う.

それはそれとして,当時の人々の妖怪への認識を垣間見ることができて面白かった.
展示数も非常に多く,感想を書けなかった作品もたくさんあった.
充実した展示会であった.


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by Allegro-nontroppo | 2016-08-03 22:57 | 博物館

開館50周年記念 美の祝典Ⅲ 江戸絵画の華やぎ@出光美術館

「開館50周年記念 美の祝典Ⅲ 江戸絵画の華やぎ」を鑑賞しに出光美術館へ出かけた.

一番の目的は「伴大納言絵巻」の下巻を鑑賞するためである.

Ⅲ 江戸絵画の華やぎがはじまって最初の土曜日に出かけたが,覚悟していたほど人は多くなく,余裕をもって鑑賞することができた.

また,おそらくⅠ やまと絵の四季を鑑賞した時に割引券を頂いていたらしく,たまたま前日に財布から発見されたので半額で鑑賞させて頂いた.

お得であった. 


更衣美人図 喜多川歌麿

扇であおぎながら着替える女性の日常の一場面を切り取ったものであるが、インパクトの強い作品であった.

さすがは喜多川歌麿である.


春秋二美人図 葛飾北斎

扇を手にポーズをとる春の美人と虫かごを手にした秋の美人が描かれている.

春といえばピンク色をイメージするのだが,春の美人の着物がピンクでないことにまず驚いた.

そうでありながら,この美人が春を象徴していることがすぐわかるというのが驚きである.


南蛮屏風

南蛮船や町を歩く南蛮人が描かれている.

異人として,皮膚の色が異なる人々も描かれているのだが,明らかに皮膚の黒い人々は白い人々につかわれていることが読み取れる.

当時の人の推察力がすごいのか,異人たちがあからさまだったのかは判断がつかない.


四季日待図巻 英一蝶

正月・五月・九月の特定の日に人々が集まり潔斎して終夜こもって日の出を礼拝する神事が時代を下ると夜通し遊ぶ遊興となっていったという.

なんのための神事だったのだろう.


伊勢物語 武蔵野図色紙,若草図色紙 俵屋宗達

伊勢物語でも有名な場面を描いたものだと思うが武蔵野の場面は読めていない.

こういうときに勉強できていないことを後悔するのだ.

私の怪しい記憶によれば,若草図は男とその妹を描いた場面ではなかろうか.

そう思ってみるとまた面白い.


紅白梅図屏風 酒井抱一

紅白梅図屏風といえば尾形光琳を思い浮かべるのだが,あの屏風から着想を得ているのだろうと思う.

ただしこの紅梅の背景は銀で覆われている.

梅は夜に薫るというが,その情景を描き出しているようである.

酒井抱一の波図屏風も思い浮かべてしまう作品であった.


風神雷神図屏風 酒井抱一

一度,見たことがあったのだが,テレビ番組「美の巨人たち」で紹介されていた特徴など見ることができてよかった.


十二ヵ月花鳥図貼付屏風 酒井抱一

十二ヵ月の花鳥図が貼り付けられた屏風なのだが,特に六月の紫陽花が可愛らしい色のグラデーションでポップさがあり,目を引いた.


四季花木図屏風 鈴木其一

私の思う琳派作品とは少し異なっていたのが印象的であった.

多少,狩野派の要素を感じるような….

鈴木其一の作品はあまり見たことがないので,今後もっと見ていきたい.


伴大納言絵巻 下巻

中巻は見ることができなかったのが残念である.

下巻では伴善男が連行されていくわけであるが,彼の姿は牛車に乗り込んだ袂しか確認できない.

そう考えると上巻の謎の男は伴善男ではないような気がする.

作者は伴善男の姿をあえて描かないという意図があったのではなかろうか.

そう考えると「伴大納言絵巻」と題しておきながら,姿は一切描かれないという絵巻になるわけで,また,何かしらの意図を感じないでもない.


その他,禊図屏風 伝尾形光琳や八ッ橋図屏風 酒井抱一など,既に鑑賞したことのある作品も展示されていた.

この美の祝典では出光美術館の所蔵品のすごさを感じさせていただいた.

また機会があれば是非,伴大納言絵巻 中巻も鑑賞してみたい.


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by Allegro-nontroppo | 2016-06-26 22:22 | 博物館

もっと知ろうよ! 儒教@東洋文庫ミュージアム

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久しぶりの更新である.


6月に入ってすぐの頃,有給休暇をつかって東洋文庫ミュージアムに出かけた.

「もっと知ろうよ!儒教」展に興味があったのである.

私を含めた日本人に大きな影響を与えているという儒教について,考えてみればよく知らないことに気付いたのである.


儒教とは孔子を始祖とする,倫理道徳であり,学問思想であり,宗教であるという.

古代中国における「儒」とは葬送儀礼を専門とする「巫祝」の集団で孔子もその一人であったと考えられている.

ここから祖霊崇拝の要素や現実社会に適応する理論を築き上げたことが孔子の業績だそうだ.

孔子の弟子たち「儒家」の中でも功績が大きかったのが「性善説」を唱えた孟子である.

宋時代になると統一理論を深めていく気風の中で朱子は入れ乱れていた諸説を整理し,体系化を行ったという.

朱子学は江戸時代から幕末ものの小説やテレビで出てきていたが,内容まで考えたことなかった.

先師孔子行教図

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有名な孔子像の一つだそうだ.

ちなみに

フランス人の描く孔子

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ロシア人の描く孔子

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ローマで刊行されたフランス語の文献

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老子と孔子の対面図(後漢時代の墓材から)

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そして,日本人の描く孔子(江戸時代)

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面白いものである.


国宝 毛詩

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「毛詩」は儒教の最重要テキストの一つ「詩経」のことだそうだ.

ヲコト点が加えられていることで,平安時代の読み方が分かるという意味でも重要な一品ということである.


国指定重要文化財 古文尚書

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「尚書」別名「書経」は古代の王者の記録や文書をまとめたもので「昭和」や「平成」の元号はここから取られたそうである.


五経図

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伝説の聖王「禹」が全土を九州に分けて,各地の山や川,特産品を調べたということが書かれているそうだ.


易学啓蒙

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難解極まる易経をわかりやすく説いた本とのこと.

卜筮というのもなかなか複雑そうで,私には理解できなさそうだ.


父母恩重経

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中国で作成された仏典とのこと.

仏教は出家して家族に対する思いなどを断ち切ることを重視するのにも関わらず,父母への恩は偉大で「考」の精神で報いるべきだと説かれているのだそうだ.

日本では神仏習合のようなことが起こったが,中国でも似たようなことが起こったと考えると面白い.


マテオ・リッチと徐光啓

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教科書で一度は見たことがある図である.

この当時はキリスト教の布教が認められていたのだが,のち,禁止されることになる.


殿試策

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歴史上でも最高難関の試験として有名な科挙の中でも,最後の試験である殿試のこの年のトップの成績で合格した人の答案ということである.

何時間も閉じ込められてこのように整然とした答案を書くという集中力は絶対に私にはない.


外戚事鑑

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中国歴代の外戚が行った良い例と悪い例を集めているそうだ.
明の第五代皇帝・宣徳帝の命令で作成されたそうで,権力のある人も大変だったのだなと思わせられる.

越南婚葬行列図

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ベトナムはかつて漢字文化圏に含まれており,科挙制度もあったそうだ.

儒式に則った冠婚葬祭を執り行っていたそうである.

この人が「泣き女」だろうか.

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儒教に関してはこのような特別展でもないと,知る機会もないのでとても良い機会を頂いたと思っている.

東洋文庫ミュージアムの展覧会は勉強になるものが多いので次回展以降も注目していきたい.

補足
蘇軾と王安石をみつけた.

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かわいい.


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by Allegro-nontroppo | 2016-06-20 00:49 | 博物館

美の祝典Ⅰ やまと絵の四季@出光美術館

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ゴールデンウィーク中には出光美術館開館50年記念 美の祝典Ⅰ やまと絵の四季を鑑賞に訪れた.

国宝の「伴大納言絵巻」が10年ぶりに公開されること,やまと絵がたくさん見られるということで,時間を都合して見に行ったわけである.

ずいぶん時間が経ってしまったがお付き合い願いたい.


日月四季花鳥図屏風

日月と聞くとまず,どこに配置されているのかが気になってしまうところ.

右隻に日と春の植物と雉,左隻には秋の植物と鹿が配されている.

大胆に散らされた金箔が華やかである.


吉野龍田図屏風

右隻には桜,左隻には紅葉がいっぱいに描かれており,会場を見渡した時にまず一番目を引く展示であった.


四季花木図屏風

右隻から春夏,左隻では秋冬と季節が流れていくように描かれている.

この図屏風で面白いと思ったのは狩野探幽による紙中極が書かれており,そこには土佐光信とあるところである.

実際のところははっきりとしていないようだ.


橋直幹申文絵巻

橋直幹は実在の人物で,彼の逸話をもとに作成された絵巻だという.

村上天皇の御世に民部大輔の職を得るために作文した申文を朝廷に奉ったが,一部天皇の機嫌を損ねたためにかなわなかった.

その後,内裏が炎上した時にこの申文の持ち出しを天皇が尋ねたことにより,天皇もこの申文の優れた点を認めていたというお話だという.

この炎上の際,温明殿の神鏡を取り出せず,心配していたところ何故か木に引っかかっており,神に祈ったところ藤原実頼の袖に入ったという逸話も差し込まれている.

面白い絵巻であった.


佐竹本三十六歌仙絵「柿本人麿」,「僧正遍照」

三十六歌仙絵でもっとも有名な佐竹本のうち,柿本人麿と僧正遍照をみることができて感激である.

いつか,三十六歌仙一挙に集めた展覧会を催してほしいと思うが,なかなか難しいのだろうな.


扇面法華経断簡

四天王寺に伝わったとされる断簡で,鳥羽院皇后・藤原泰子の参詣のさいに奉納されたのではないかと考えられているようである.

扇面に描かれた童子と女性,そして法華経が平安時代の雅を表しているようで印象に残った.


月に秋草図屏風

会場内で遠くから見かけたとき,琳派作品ではないかと思ったのだが,伝俵谷宗達であり,「伊年」印もあることから,なかなか私の勘も馬鹿にできないものである.

月の色遣いがまさに琳派そのものである.

画面のところどころに秋草が描かれているというような作品で地味かもしれないが,秋の月夜の草原をリアルの想像してしまうようで素晴らしいと思う.


四季草花図屏風

上記と同様こちらも「伊年」印のある屏風であるが,画面いっぱいに上段下段と整列したように草花が配されており,非常に華やかである.

少し,洋画のようにも思える作品であった.


伴大納言絵巻 上巻

伴大納言絵巻は四大絵巻の一つとされ(ちなみに残りの三つは「鳥獣戯画」,「源氏物語絵巻」,「信貴山縁起」),現存する絵巻の中では第一の優品とされているとのことである.

そもそもは一つの絵巻物であったらしい.

この絵巻の主題はまさに「応天門の変」である.

この絵巻の中では応天門の放火犯は伴善男と中庸親子によるものとされている.

上巻では応天門が炎上し,逃げ惑う人々と,源信を放火犯として罰しようとする天皇を諫める藤原良房が描かれる.

上巻には応天門(内裏?)を遠くから眺める男性について分かっていないこと(そもそもこの男性は誰か? 裾の色が途中で変わっており,ここで継ぎ接ぎされているのではないか?)があるという.

私は応天門の変は伴善男と中庸親子によるものではないと思っているけれども,この絵巻の作成者の認識はどうだったのだろうかと思ってしまう.

作成時期が平安時代というのも興味深い.


以上.

他にも「雪月花図」など,以前に鑑賞したことのある大好きな絵もあったが,ここは省略した.

思いがけず既に鑑賞したことのあるものに出会うといろいろな絵などを鑑賞してきたなと感慨にふけってしまう.

この「美の祝典」はまだまだ続いている.

今は「美の祝典Ⅱ 水墨画の壮美」と題してやっているそうだが,時間の都合がつけられそうにない.

なんとか,「美の祝典Ⅲ 江戸絵画の華やぎ」は鑑賞したいところである.


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by Allegro-nontroppo | 2016-05-22 23:40 | 博物館

尾形光琳没後三〇〇年記念 光琳とその後継者たち@畠山記念館

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「尾形光琳没後三〇〇年記念 光琳とその後継者たち」を鑑賞に畠山記念館に出かけた.

畠山記念館は初めてだったが,茶室などに飾られているように展示できるように設計されており,画家の意図したように鑑賞できるのが素晴らしいと思う.

今回は列品解説に立ち会えたので,それらも含めて印象に残った陳列品について記しておく.


禊図 立林何帠筆

尾形光琳の「禊図」の構図を横長に展開しているとのことである.

「伊勢物語」第65段を絵にあらわしている.

光琳の「禊図」をどこかで鑑賞させて頂いたと記憶しているが,構図の縦横で川の流れの勢いが違うような気がする.


立葵図 尾形乾山筆

尾形兄弟が好んでモチーフとした立葵図である.

写実的というより,どこかデザイン画的である.

また,上部に書かれた漢詩から,立葵が牡丹や芍薬に並ぶほど美しいと乾山が考えていたことが分かるのが,面白い.


共筒茶杓 銘 寿 尾形光琳筆

寿の銘と中国では吉祥文とされる蝙蝠と霊芝が描かれている.

光琳は工芸品も手掛けていたとは知っていたが茶道具までも作っていたのは知らなかった.


紅葵花蒔絵硯箱 尾形光琳作

光琳の好んだ立葵と八重葎が全体を覆っている.

立葵の蕾は螺鈿で満開の花は錫で表されているというのが,本阿弥光悦の手掛けた硯箱を思い出させる.


立葵図 鈴木守一筆

鈴木守一は鈴木其一の長男ということである.

尾形乾山と「立葵」という同じモチーフながら写実的で葉が裏返っていたりと,印象が異なっており楽しい.

白梅模様小袖貼付屏風 尾形光琳筆

光琳梅が配された小袖を屏風に貼付られている.

実際に身にまとったときに,帯からも枝が伸びているように描かれているというところが光琳の凄さではないかと思う.


四季花木図屏風 渡辺始興筆

渡辺始興の名はテレビ番組「なんでも鑑定団」などでよく聞いてはいたが,実際にこの目で鑑賞したのは初めてである.

琳派の画家とは知らなかった.

確かにたらしこみなどの技術が見受けられるし,右から左へと季節が移り替わるように植物が配置されているのは琳派ぼいと思う.

本草学の知識があったそうでリアリティがある.


以上,概略である.

今年は昨年ほどは琳派作品が見られないと思っていたので,この鑑賞の機会が嬉しい.

後期展示でも素晴らしい作品が登場するようで,是非見に行きたいがちょっとスケジュールが厳しそうである.


追記

庭園も素晴らしかった.

季節によって様子も変わるのだろうか.

機会があったら見てみたい.

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by Allegro-nontroppo | 2016-04-24 22:25 | 博物館