カテゴリ:アマテラスと伊勢( 16 )

伊勢から春日へ 補足記事

前回の記事に書くつもりで書き忘れたことがあったので,補足記事を書こうと思う.

春日大社には四柱の主祭神がいらっしゃり,春日神とも言われる.
春日大社宮司さまの説明に従うと

タケミカヅチー国譲りで活躍した日本神話最強の武神
フツヌシー神武天皇に東征の際に与えた布都御魂の剣を神格化した神
アメノコヤネノミコトーアマテラスの天岩戸隠れ際に,岩戸の前で祝詞を唱えた神
ヒメガミーアマノコヤネノミコトのお世話をする神.現代でいうところの奥様.

また,アマノコヤネノミコトとヒメガミとの間にお生まれになった若宮もいらっしゃる.

今回のシンポジウムで神宮大宮司様はこうおっしゃった.
「春日神は私の氏神様にあたります」

春日神といえば,藤原氏の氏神として有名である.
そして,神宮大宮司様のお家の鷹司家といえば,五摂家の一つで藤原北家の嫡流であり,またこの家から藤氏長者も輩出している.
藤原氏の名門中の名門といえるであろう.
神宮の主祭神であるアマテラスを氏神と言えるのはもちろん天皇家のみだから,いくら大宮司さまといえども,アマテラスを氏神様とおっしゃることはないわけだ.
当然のことながら,大宮司様がおっしゃるまで気づかなかった。
注意が足りない,反省.

ちなみに,春日大社宮司様の花山院家は摂家に続く,清華家にあたり,こちらも藤原北家から分かれた家にあたる.
よって,春日大社宮司様の氏神は間違いなく,春日神となるわけである.

藤原氏のひろがりを感じるものである.

最後に今回のシンポジウムがニュース記事になっていたのでリンクを貼っておく.
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokyo23/news/20140407-OYTNT50088.html



[PR]
by Allegro-nontroppo | 2014-04-09 20:20 | アマテラスと伊勢

伊勢から春日へ②

さて,「春日大社第六十次式年造替記念シンポジウム  伊勢から春日へ」について,前記事の続きである.

第二部終了後,休憩をはさみ,春日大社・南都楽所による舞楽へ移った.
曲は「納曽利」.
基本的には,「納曽利」は二人舞であるが,一人舞の際は「落蹲」となる.
しかし,南都楽所の場合は一人舞は「納曽利」で,二人舞は「落蹲」と呼ばれるとのことだ.
よって今回は一人舞となる.
最近,舞楽,特に「納曽利」に興味があったので多少,期待はあったが,本当に「納曽利」であるとは!
ラッキーである.
内容については,舞楽を生で見ること自体がはじめてなので,評価できるべくもないが,江戸時代に宮中にまで教えに行った(技術が廃れてしまっていたらしい)南都楽所であれば最高のものであったのだろう.



続きはこちら 第三部へ
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2014-04-08 20:24 | アマテラスと伊勢

伊勢から春日へ

随分,久しぶりの投稿となってしまった.
このブログは日記ではないのでコンスタントに投稿する必要はないと
思っているが,本来なら投稿するべき出来事があったのに,
投稿できていないのだから問題である.
これについてはまとめて投稿したいと思っている.

昨日は「春日大社第六十次式年造替記念シンポジウム  伊勢から春日へ」に参加してきた.
このシンポジウムは事前に参加申し込みする必要があったのだが,
予定人数を上回る申込者がいたようだ.
主催者様のご配慮で皆,参加できるよう調整してくださったらしい.
抽選となれば必ず外れる人間なので,非常にありがたい.



続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2014-04-07 20:07 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考 -おまけ-

今回はタイトルにおまけと入れてみた。
今までの記事とは少し毛色が違っているし、短い記事になりそうだからである。

 倭姫命巡幸について、何か意味があるのであろうと思っていたが、なかなか理由を思いつかなかった。
遷座地を探して何年もの間、神を抱き流浪の旅に出ているのだ。
「この神風の伊勢の国は、常世の波の重浪よする国なり。傍国のうまし国なり。この国に居らんと欲う。」
真実を確かめるすべはないが、そのような神託があるまでどれだけの苦労があったことだろう。
一番現実的な問題としては資金調達がある。
一体、どこから資金を得ていたのか、そしてそこまでする意味とは何だろうか。

 そんなとき、ふと、ふたつの地図を並べてみた。
 手作りで申し訳ないが、以下の地図をご覧頂きたい。

f0305926_20200924.jpg

 倭姫命巡幸と倭健命の東征地図の一部である。
今回、倭健命の東征の熱田以降の経路は省いている。
  
 この二つの経路は、全く同じ場所を通っているとは言えない。
しかし、似たような範囲を動き回っているような気がする。
 そこでふと思ったのが、倭姫命巡幸は後の倭健命の東征の偵察または先遣であったのではないだろうか。

 当時の状況として、大和朝廷は豪族たちの頂点には達していたが、それは巨大な力を有していただけという状態で、唯一無二の存在というわけではなかった。
かなり、後の話になるが、第二十六代継体天皇などは王朝交代説がささやかれているほどである。
とにかく、当時から後も戦や反乱が起きていくわけで、大和朝廷は決して安泰な立場ではなかったのだ。
 そのような大和朝廷としてはもちろん、東征の必要性は感じていただろうし、近い将来の予感もあったであろう。
そこで、大和の中だけでも状況の把握をするために、倭姫命に各地を回らせたのではないか。
そうであれば、大和朝廷が資金提供する理由も明らかである。
ちなみにこの場合の大和の東の果ては伊勢だろう。
アマテラスの神託「この神風の伊勢の国は、常世の波の重浪よする国なり。傍国のうまし国なり。この国に居らんと欲う。」に伊勢は常世との境で傍国とはっきり書いてある。
話を元に戻すが、この巡幸の意図が偵察または先遣であった場合、倭姫命ではなく、別の人物が実施したものが、ごっちゃになり、今のような形になってしまった可能性も否定できない。

 当時の街道の数はあまり多くなかったと推測されるから、近くを通っただけとも言えるかもしれないが、 私も確たる意見もできないので、今後、何か発見があることを期待する。
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-12-01 20:28 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑫ -珍説披露(2)-

豊受大神宮はある意味、神宮の原点であるだろう。
神宮は外宮先祭といって、豊受大神宮から皇大神宮の順に参拝しなければならないというのは式年遷宮YEARの今年、いろいろな媒体で取り上げられていたから、有名な話であろう。
 後から他の地域に入ってきた神が祀られているところでは、それ以前からの地主神をまず参拝しなければならないという所が多い。
もし、この習慣に伊勢も従うとするならば、豊受大神宮は土着神ということだろう。 しかも、この豊受大神宮の禰宜は土着の豪族、度会氏である。
そうであるならば、『止由気宮儀式帳』の鎮座の記述は騙りということになる。
この『止由気宮儀式帳』は度会氏が豊受大神宮の正当性を示すために記されたものであるから、都合のよいように書いたであろうことが想像できる。



続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-30 18:38 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑪ -珍説披露(1)

さて、ここで私のアマテラス及び神宮考をまとめておきたい。
結局のところ、謎は一つに絞られると考えている。
「アマテラスとはどのような神か」
この謎を解くために神宮に祀られる神について解き明かすことで、アマテラスの実像に迫れたらいいと考える。

 ところで、この問題についての本を読むとこのように記載されているのをよく目にする。
「普通、太陽神は男神であるから、アマテラスも男神に違いない」
この場合の普通とは一体何をさしているのだろう。
比較対象として挙がってきそうなのは他の神話だろうか。
そう考えてみると、ギリシャ神話の太陽神はアポロンで男神であるし、エジプト神話の太陽神ラーも男神である。
この二つの神話は日本においては他の神話よりも知名度が高いため、太陽神=男神という印象がついてしまうのは分からないでもない。

 しかし、北欧神話における太陽神ソールは女神である。
本を出すほどのプロ(学者ではなくともそれで稼いでいる以上はプロであろう)はソールのことをどう捉えているのであろう。
ソールという女神が存在する以上、アマテラスが女神ではいけないという根拠は崩れてしまっているように感じるのだが。
 また、明らかに発生土壌の違う神話を比較して普通かどうか議論することについても疑問を感じる。
それが成立するとなれば、ギリシャ神話のアルテミスやローマ神話のディアーナは月の女神であるので、日本神話の月神ツキヨミも女神に違いないということになりかねない。
まあ、ツキヨミの性別ははっきりとは記紀には記載されていないので、女性の可能性がないわけではないが。
 とにかく、「普通、太陽神は男神であるから、アマテラスも男神に違いない」などと記載されていると不誠実さを感じてしまう。

 ここまで書いておいて、私もアマテラスは男神ではないかと考えている。
その理由は斎宮制度のためである。
斎宮制度において、斎王はやはり、神宮の神の妻として遣わされたと思われるからだ。

 ただ、安易に普通などと言って、根拠のはっきりしない意見をもっともらしく述べられるとそのほかの意見もはなかなか信じられなくなってしまうということを主張しておきたかった。
 ひょっとしたら、このカテゴリで一番主張したいことだったかもしれない。



続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-26 20:19 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑩ -神宮の制度-

そろそろ、アマテラスと神宮について確認しておきたい知識は書き終わったと思い、チェックしていたところ驚愕した。
まだ、まともに式年遷宮や斎宮について触れていない。
というわけで、いくつかの制度についてまとめてみたい。

 今年2013年、足かけ8年にわたる神宮の式年遷宮が終了した。
式年遷宮について「延喜式」には以下のように記載されている。
二十年に一度、宮地を改め、」社殿や神宝をはじめすべてを古例のままに一新して、天照大神に新宮へとお遷り願う神宮最大の厳儀である。
先の記事(アマテラス及び神宮考③ -記紀・人代(天武天皇)と神宮-及びアマテラス及び神宮考④ -記紀・人代(持統天皇)と神宮-)に記したとおり、天武天皇が発意し、持統天皇の御代に実施されたということである。
ということは、それ以前は特に式年遷宮をやる必要がなかったということになる。



続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-24 20:23 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑨ -神宮の神域-

今回は神宮の神域内について考えてみたい。

 まず境内がどのようになっているのか確認しておこう。
 神域に入るには豊受大神宮、皇大神宮ともに橋を渡らなければならない。
皇大神宮の橋は正月の初日の出で有名な宇治橋だ。
どちらも俗世と神域を川で分けていると考えられるだろう。
皇大神宮では橋を渡る前に鳥居をくぐる。
これは神宮内のどこでも見られる神明鳥居だ。
この鳥居は曲りや装飾のないシンプルな鳥居で、最も古い形と考えられる。
ここから参拝者たちは途中、手や身を清めながら正宮に向かうことになるが、参道は一直線に正宮まで向かっているわけではない。
曲がりくねっている。
祟り神は真っ直ぐにしか進めないためにその祟り神を封じるために参道を曲げているとの説があるがどうであろうか。
そのように考えると途中渡った川でさえも神を封じるために存在しているように思われる。
 また、途中、狛犬やおみくじがなかったのにも気づくかもしれない。
おみくじは鎌倉時代に仏閣にて始まったものであるから、神宮は受け入れなかったのだろうか。
狛犬の代わりに神使が置かれる神社(稲荷系のきつねなど)もあるが、ここには神宮系の神使である鶏の像があるわけでもない。
本物の鶏はうろうろしている。


続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-23 19:21 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑧ -伊勢と神宮に関わる古代地方豪族-

神宮は天皇家のための御社といえるだろうが、天皇家のみで運営されてきたわけではないし、周辺豪族の影響も計り知れないであろう。
 もともと、アマテラス及び神宮考を書くにあたって、地方豪族については出てくるたびに挟み込めばよいと思っていたが、どうも一つの記事にまとめた方がよさそうなので、今回はいくつかの豪族についてまとめたいと思う。

 豪族たちを見ていく前に前提として、古代の豪族たちは自分たちの氏神がいかに天皇家に貢献したかを示すことによって、自らの正当性を示した。
そういうわけで、記紀や風土記に出てくる天津神の子孫は豪族たちにつながっていく。 よって、そのような観点も含めてこの記事を書いてみる。


続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-22 19:44 | アマテラスと伊勢

アマテラス及び神宮考⑦ -伊勢地方の信仰-

今回は伊勢周辺の信仰について見ていきたい。 現代の伊勢地方において、その信仰の中心は神宮と考えてもよいだろう。
しかし、神宮に祀られていない神々や神宮125社以外にも神社がある。
また、記紀に記載されない伊勢国風土記のエピソードも存在している。
これらは多少なりとも、神宮に影響を与えていることは否定できないだろう。
そこで、特に伊勢地方に影響を与えていると思われる四柱の神々を見ていきたいと思う。

続きを読む
[PR]
by Allegro-nontroppo | 2013-11-20 19:32 | アマテラスと伊勢